渡邊雄太
プロバスケットボールプレーヤー/千葉ジェッツ
サン・クロレラ本社にたくさんの子どもたちを迎えて行われた、渡邊雄太選手との交流イベント。MCとのトーク・パートが終わり、子どもたちから質問に直接答える質問タイムへと移っていく。目を輝かせた子どもたちの手が次から次へと挙がるなかで、ひとりひとりの目をまっすぐ見つめ、ひとつひとつの質問に丁寧に答えていく渡邊雄太選手。そこにはふだんの取材や記者会見での受け答えで見るプロバスケットボールプレーヤとしての彼の姿とはどこか違う、素顔に近い渡邊雄太選手の柔らかな表情と言葉があった。
いくつかの質問とその受け答え、その後に開かれたバスケ・クリニックなど子どもたちと直接ふれあうなかで、今回のイベントを通じて彼が見出したのは「バスケを楽しむ」という初心だった。
プレーを楽しむバスケ少年であることを、いまもやめていない。
質問者A:海外挑戦やNBA挑戦など新しい環境での挑戦をいろいろやってこられたと思いますが、不慣れな環境のなかで心がけてきたこと、大切なことはなんですか?
渡邊雄太「自分がうまくいかないときに環境のせいにしないこと。これに尽きると思います。チャレンジはやっぱりうまくいかないことのほうが多い。そのときに環境のせいにしたり、コーチやチームメイトのせいにするような選手は、大学でもNBAでも大成しない選手が多かったように思います。逆に環境をうまく利用できる選手、たとえばさっきのトークのときにも話したけど、ぼくはアメリカに渡ってから英語を本格的に勉強したので、そこでかなり時間を取られてしまっていた。でもそれを言い訳にせず、授業や宿題でどれだけ夜遅い時間になっても、必ずバスケの練習は欠かさなかった。24時間使える体育館があって、熱心なコーチ陣がいてくれる。そういうポジティブなところに目を向けられるようになれば、その環境に自分が適応できるようになると思うので、そういうマインドを持つことが大切だと思います」
質問者B:練習や試合で声を出すことは大事なことだと思うのですが、ぼくは苦手だったりします。渡邊雄太選手が工夫しているところや相手に伝わりやすくする方法はありますか?
渡邊雄太「ぼくは声かけも技術だと思っています。つまりトレーニングしなければ、最初からうまくできるわけがないんです。たとえば最初はゴール前についてたら『ボール!ボール!』と言うとか、自分がヘルプのポジションにいたら『ヘルプ!ヘルプ!』とか、はじめは一個の単語からでもいいと思う。それを心がけてやってみて、それができるようになったら今度はじゃあもうちょっとこういう声かけをすれば、この選手はこう反応してくれるなってことがわかってくると思います。最初から高度なコミュニケーション取ろうとすると難しそうに感じてしまうので、まずはできるところからちょっとずつやっていってクリアしていく。まずはそこからでいいと思います」
質問者C:いま高校の進学先に悩んでいて、バスケの超強豪に行くのがいいのか、それとも弱小高校に行ってコンスタントに試合に出られるほうがいいか、渡邊雄太選手はどちらがいいと思いますか?
渡邊雄太「この問題に正解はないと思います。ないからこそ、自分自身で選び取り、歩んできた道を正解にすればいい。それが唯一の答えです。たとえばいまは高校選びの話だけど、高校3年になったら次は大学に行くのか就職するのかプロになるのか、けっきょく今後も同じ課題は出てくるわけです。だから大事なことは選択することそのものではなく、選択した後にそこで自分がなにをやるか。そっちのほうが大事なんです。ぼくがアメリカに行くと決断したときだって、周りからさんざん反対されました。NBAで通用するわけがないとか、そもそも授業についていけないだろうからどうせバスケで活躍する以前に日本に帰ってくるだろうとか。でもアメリカの大学での授業にもちゃんとついていけたし、大学を4年間で卒業し、NBA選手として6年間プレーした。自分で選んで歩いてきた道を、ちゃんと自分で正解にしてきた。だから君も強豪校に行ったから成長できるとは限らないし、その逆に弱小校に行ったからレギュラーになれてそれで成長できるとも限らない。最後は自分の努力次第。自分が本当にやりたいことに耳をちゃんと傾けてあげること、そこで自分が選択した道を選んでよかったと、あとから思えるような努力を続けていってほしいですね」
質問者D:キャプテンとしてチームを引っ張っていく上で大事なことはなんですか?
渡邊雄太「キャプテンという存在はもちろんリーダーシップが重要になってくるので、ふだんからチームメイトにしっかり声をかけたり、コート上でしっかり存在感を発揮したりということはもちろん大事だと思います。でもいっぽうでぼくの高校の恩師が教えてくれたことなんですけど、その人曰く『誰も目立ってないチームは三流、キャプテンが目立つチームは二流、全員が目立っているチームが一流』だというんです。キャプテンとしてはもちろん自分がこのチームを引っ張っていくという強い覚悟を持ってやらなきゃいけないんですけど、いっぽうで周りのみんなもキャプテンを目立たせているようではチームとしては成長していかないという気持ちも必要。極論を言えばキャプテンは『あいさつの号令をかける人』ぐらいの認識でもいいと思います。だからできればみんなには、コートに入ったら全員が声を出しているから誰がキャプテンかわからない、くらいのチームをめざしてほしいなと思っています」
質問者E:お菓子とか好きでつい食べてしまうのですが、渡邊雄太選手はふだんどのような食事や栄養管理をされているのですか?
渡邊雄太「じつは食事の重要性をきちんと考えるようになったのはNBAプレーヤーになってから。ぼく専用のシェフをつけました。みんなはいま成長期なので、まずは量も大事。量をしっかり食べることと、あとは好き嫌いをしないこと。好きなものばかり食べていると栄養が偏るので。あとはいま質問でもあったお菓子や身体に悪いものはなるべく摂取しないように気をつける。いまは最低限これだけは気をつけてほしいですね。そうは言っても急にお菓子食べないというのはムリという人もいると思うので、『チートデイ』といって食べてもオッケーな日を作ってあげることで、ふだんはガマンできるようになるので。そうやってメリハリをつけるだけでも変わってくると思うのでがんばってみてください」
質問者F:NBAを経験して日本に戻ってきて、日本人が優れていて海外でも通用することはなんですか?
渡邊雄太「どんな状況でも最後まで諦めずに一所懸命頑張れるところ。体格や身体能力、技術においても彼らより自分が勝っているところを探すのは難しいけれど、熱意の部分では誰にも負けてない。その自信はありましたし、実際ぼく自身もアメリカで評価されてたのは、つねに最後までハードワークするところだったので。そこは日本人として負けてないところだと思います。しかもそこは自分自身でコントロールできるところ。身長は伸ばすことはできないけれど、バスケに対する想いや情熱は自分でコントロールできる。そこでは絶対に負けないようにということは意識していました」
質問者G:プレッシャーも多いなかで、メンタルをどうやって鍛えてきましたか?
>渡邊雄太「じつはぼくも子どものころは、メンタルは弱いほうだったし、大事な大会だったり、この試合負けられないという状況だったりすると、いまでもすごく緊張します。でも逆にそういう弱い自分をちゃんと受け入れること。緊張している自分がダメだと思わないで認めてあげること。いったんそこは認めたうえで『でもこれまでこれだけ努力してがんばってきたんだから、絶対に大丈夫』と言い聞かせる。自分に嘘をつきすぎず、でも自分のことはちゃんと認めてあげて、最後にはポジティブな考えかたに転換する。そうやってメンタルを整えていました。だからこそ、これだけやってきたんだと思えるだけのハードな練習が欠かせないのです」
質問者H:これまでの自分を振り返って、いちばんがんばった自信がある部分はどこですか?
渡邊雄太「やっぱり大学のときかな。アメリカ人よりも身体的に劣っているから、練習量も時間も人より多くやらないといけなかった。そのうえさっきも話したように英語の勉強もやらなくちゃいけないから、人より時間がなくて、みんな練習が終わって遊びに行ったりするときも、ぼくだけはひとりで勉強したり、ひとりで個人練習していました。もちろんぼくも一緒に遊びに行きたいなと思うこともありました。でもそういうときは「オレはなにしにアメリカに来たんだ」と自分に問いかけるようにしていました。でもあの苦しい大学時代があったからこそ、当時のぼくの技術や身体能力でもNBAで6年間やれるだけの土台が作れたのかなとは思っています」
質疑応答が終わると希望者を募って、渡邊雄太選手が直接プレー指導するクリニックが行われた。シュートを打つときのフォームのつくりかた、ドリブルで相手を抜くときの身体の使いかた、ディフェンススキルにおける身につけておきたいポイントなどを、渡邊雄太選手を相手に実際にプレーしながら教わる貴重な体験となった。しかもステファン・カリーやシェイ・アレキサンダー、ルカ・ドンチッチなど、NBAでの名だたるトッププレーヤーと対峙した経験から得たNBA選手の身体の使いかたのコツは、子どもたちにとっては宝物のような時間となったことだろう。
イベント終了後に今日の感想を伺ったところ、渡邊雄太選手からは「子どもたちが純粋にバスケを楽しんでいる。その姿からぼくのほうが学ぶこともたくさんありました。ぼくがプロバスケットボール選手である理由は、バスケが好きだから。そこはいつまでも変わらない大切な初心なので、その初心だけは忘れたくないなという思いで、いつも彼らを見ています」と語った。
あくまで対等なひとりの人間として、どこまでも自分の言葉で語りかける渡邊雄太選手。NBAまで登り詰めたバスケットボールの偉大な先駆者にして先輩でもある自分自身の経験を、なるべくわかりやすい言葉で子どもたちに伝えてあげたいという大人としての責任感と同時に、その瞳からは、かつてバスケ少年だったころの自分に戻っているかのような純粋な輝きが放たれているようにも感じられた。このなかから“未来の渡邊雄太”が現れて、その体験をいつかまたここで、未来の子どもたちに語ってくれる。そんな好循環が生まれていくことを、わたしたちも願っている。