楠元龍水
(延岡学園バスケットボールヘッドコーチ)
メンフィス・グリズリーズの渡邊雄太選手とワシントン・ウィザーズの八村塁選手、二人の日本人選手がNBAで目覚ましい活躍を見せている。延岡学園高校男子バスケットボール部の楠元龍水監督は、その渡邊選手のチームメイトとして高校時代を過ごし、現在も厚く交流を続ける親友だ。監督としての活躍も目覚ましく、2019年のウィンターカップでは母校である尽誠学園と名勝負を演じ、めきめき頭角を現している
日本のバスケットボールプレイヤーを育成する指導者として、楠元監督は何を思うのか。そこには子どもたちを見つめ、“人財”として成長を促す教育者としての信念があった。
若手指導者としての取り組み、恩師の壁
高校バスケットボール界の指導者としては、25歳という年齢は異例の若さといえる。「キャリアがないですから、他校の監督と比べて引き出しの数が圧倒的に足りない。練習でも試合でも、そのときに必要なものを即座に導き出し組み立てる判断力と、そのための材料が必要です。まだまだ勉強中ですが、意識しているのはデジタルとアナログのミックス。私たちよりも前の世代がやっていたような練習メニューのなかにも、今の子たちに必要なものはあります」。ボールを使わず足腰を重点的に鍛えるなど、原始的と思えるものでも目的と効果を明確にして取り入れている。一方、デジタルを利用した方法として挙げるのが動画だ。「スマホが身近にあるからでしょうか、今の子たちは動画を見る能力に長けています。言葉で伝えるよりも、映像を見る方が効果的ですね。パフォーマンスが明らかに変わります。そういう能力があるなら、利用しない手はありません。渡邊のシュート練習の動画を送ってもらったり、ほかにもNBAプレイヤーの映像を編集して1本にまとめ、シュートのフィニッシュのレパートリーを学ばせたりしています」。また楠元自身も、渡邊選手が所属するメンフィス・グリズリーズの映像からローテーションの仕方を分析するなど、映像を活用している。
監督として自身の道を模索しながら進む、その下地にはやはり高校時代の恩師・色摩監督の影響が色濃い。「チーム作りや指導の信念にすごく共感するところがあって、監督になった今だからこそ学ぶことが多いです。色摩先生の引き出しの多さ、指導一つひとつの意味の深さ。それを紐解いていくと、本当に自分は浅はかだなと思い知らされます」。とはいえ、監督としての目標は色摩監督ではない。「それだと色摩先生を越えることはできません。バスケットボールを始めた小学生のときからずっと指導者に恵まれてきたので、全部のいいとこ取りをして、さらに自分も指導者として成熟したいと思っています」。その結果、2019年のウィンターカップでの尽誠学園との対戦では成果を見せたかに見える。「達成感はありますが、恩師越えの「お」の字もありません。ウィンターカップ前の9月の遠征では負けましたし、そのときに色摩先生から事細かくご指摘いただいたところを修正しての結果です。渡邊ともよく話しているんですが、色摩先生は日本一の監督だと思っています。自分たちが評価されれば、色摩先生ももっと評価されるはず。そのためにも二人で頑張ろうと」。偉大な恩師に薫陶されながらも同じ舞台で戦う。複雑な思いもあるかもしれないが、それが楠元の監督として力を練磨しているのだろう。
キャリアの差を縮める、最先端のベンチワーク
NBAやNCAAバスケットボールでは、各チーム必ず対戦チームを分析するスカウティングを行っている。「ジョージ・ワシントン大学時代の渡邊からは、試合動画を見ながらミーティングするフィルムセッションの時間が必ずあり、あるとないとでは全然違うと聞いていました。日本の高校の強豪チームもしているそうで、実力のあるチームが労力を惜しまず勝つためにそこまでしているなら、自分たちがしないわけにはいかないと思い、スポーツデータ解析ソフトを使ってスカウティングしています」。大会中も翌日の対戦相手の試合を選手に撮ってもらい、夜までにはマークする選手を分析・編集して映像にまとめる。「日本のとある強豪校もスカウティングに力を入れていると聞きました。映像分析はプレイだけでなく、いいタイムアウトのタイミングなど、ベンチワークの勉強にもなります。選手への指示と、私自身の準備としては最適なツールですね。これだけでは勝てないですが、毎日練習で積み上げてきたものに最後上乗せする材料としては効果的です」。
先述の通り、25歳という年齢は監督としては非常に若い。全国的に見ても最年少だそう。「30年も40年も指導されている方がたくさんいらっしゃいます。私の人生よりも長くされているんですから、同じことだけをしていても勝てるわけがありません」。そのために新しいことにもチャレンジする。キャリアが浅いということは間違いなく不利だ。だからこそ違ったアプローチを模索したり、勝利への執念を燃やす原動力にもなるのかもしれない。
苦境にあって前を向ける信念と経験
2020年のあらゆる出来事は、コロナウイルス禍の影響なくして語ることはできない。高校バスケットボールでも3密に配慮した練習メニューを求められたり、対外試合の中止、さらに夏のインターハイの中止も決まっている。こうした逆境だからこそ、“人財”として成長できる試練と捉えられないこともないが、まだ高校生の生徒たちには酷な状況だ。「高校生活は3年間しかないもの。今を生きる彼らにとって、これまで頑張ってきたことの答え合わせの場である大会がなくなったのは非常に厳しい。また3年生にとっては大学推薦のための結果を出せる最後の機会でしたから、落胆も大きいでしょう。12月のウィンターカップは開催する予定なので、バスケットボールはまだ救いがありますが、どのスポーツのコーチも同じ悩みを持っていると思います」。やはりモチベーションの維持のために、何らかの手を打たなければならないようだ。「ビデオ電話を使って、3年生の選手たちが渡邊に質問をする機会を設けたこともあります。今は「また頑張ろう」と何回思わせることができるかが大切だと思っています」。その甲斐もあって、チームのモチベーションを維持できているようだ。「うちの3年生は立派です。不貞腐れてもおかしくない状況なのに、チームのためを考え、練習でも率先して声を出しているし、自分たちがちゃんとしないとという意識を持って下級生を引っ張ってくれています」。今の3年生が1年生の時、同学年の留学生が暴力事件を起こし、3ヶ月間の対外試合出場停止というペナルティを課せられた。それでも当時の3年生がチームのために頑張る姿を見ている。その経験が行動に表れているのだろう。また楠元も当時苦境の真っ只中にある彼らを引っ張り、支え、共に過ごしてきた。ずっとそばで見つめ、“人財”たれと指導してきた成果が、この難局でも発揮されているのかもしれない。