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Vol.21
"プロレス王"の矜持
夢を追い続ける、終わりなき挑戦の日々

鈴木みのる
プロレスラー

“プロレス王” の矜持 後編
2020/08/12

1988年にプロデビューして以来、プロレスや総合格闘技のマットを席巻してきた格闘家・鈴木みのる。52歳となった現在も、国内はもとより海外のプロレス団体からの対戦オファーは引きも切らず、次なる闘いに向け心身を絞り上げる日々が続いている。コロナ禍で多くのスポーツ試合やイベントが中止となるなか、鈴木は何を思い、感じていたのか。その胸中に迫った。

引退の道を選ばなかった理由


 

その言葉通り、一切の言い訳をせず日々挑戦者としての自分を追求し続ける鈴木だが、もちろん迷い、苦しみ、悩み抜いた事はあったという。なかでも2002年、自らが旗揚げしたパンクラス(総合格闘技)での怪我をきっかけに戦績が落ちた時期は、本気で引退を考えたという。
「もうやめちゃおうかなって考えた事は、何回もありますよ。でも、15歳の頃に抱いた夢がまだまだ叶っちゃいなかったから、やめられなかった」
中学生の時、猪木に憧れプロレスラーになると家族に宣言した鈴木。夢はもう、かなっていたのでは?
「プロレスラーにはなれたけど、中学生の夢の形としては”世界の王様”なんですよ(笑)。だったら俺はまだそこには辿りついてねぇなって。それで仲間やファン、助言をくれる友人に背を向け、再びプロレスの世界に戻った。そうやって新しい事に挑戦する時って、一番身近な人が足を引っ張るんです。家族、恋人、仲間、友達。お前はそのままでいい、大丈夫だって言ってくれるからね。そこにいたいって思っちゃう。だから意識的にそういう人たちから離れて無視するしかないんです。無視し続けてると、あれは何言っても無駄だって離れてってくれますから。みんな、”普通は違う”とか、”一般的に言って間違ってる”ってよく言いますけど、普通や一般的ってなんなんだ?って思うしね。”100点目指してやって、普通に一般的に考えて調整すべきところを調整して、70点にまとめました”。ツマンネぇ奴だとしか思わないですよね、小さくまとまっちゃって。何故できないと思うのか? 傷つきたくないからでしょう。そういう人とは話をしていてもつまらない。俺は最初から100点じゃなくて1兆点とか目指しちゃうしね(笑)。もちろん、誹謗中傷は今でもされますけど、無視です。くだらねぇなと思って終わり。そんなことより、俺は自分の夢を叶えたい思いが強い。評価が大きくなれば批判も比例して大きくなるんですよ。だからといって叩かれた箇所を叩かれないように修正すると、評価されている箇所も小さくなっちゃう」

安住を捨てたからこそ開けた、新たなる地平


 

 そうして2003年にプロレスに復帰して以降、鈴木は新日本、全日本、ノア、海外のインディーズまで、様々な場所で闘いを続けてきた。そしてだからこそ「今までは見えなかった新しい刺激を受けて、どんどん行動が広がってしまった」と笑う。
「先週52歳になったんですが、その歳ですごいですねとか言われたくないですよ。体はもちろん、経験も積んでどんどん強くなってるし、ライバルも若くなる一方(笑)。もっと強くなりたいと思って続けてますから。50歳すぎて落ちていっちゃうのは、努力不足。それが決してスタンダードじゃないってことを証明したい。あ、言っちゃったな(笑)」
コロナ禍の収束はまだ見えないが、今後実現したい事を問うと、鈴木は目を輝かせながら言う。
「自粛期間中、マイク・タイソンのニュースや動画が目に入ってきたんです。5月にオール・エリート・レスリングっていうアメリカの新しいプロレス団体の試合に出てたんですけど、それ見てたら、俺もタイソンとやれないかな、やってみたいなって思って、すごくワクワクしちゃって。タイソンは俺よりもちょと上だから、54歳くらいでしょう? 20年前と違って今の異種格闘技戦は絶対面白いと思うし。20世紀最強のキックボクサーと呼ばれたモーリス・スミスとは2回対戦したことはあるけど、ボクシングはないしね。相手はグローブでこっちは素手、楽しそうでしょ!」
だから今はタイソンと対戦できる身体を造ろうと思ってやってるんですよ、と言って嬉しそうに笑う。
“世界の王様”を目指すファイターの眼差しは、今日も未知なる、そしてさらなる高みを見据えている。

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