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Vol.26
いざ、決戦へ
今年のぼくらには、 負けられない理由がある。

京都橘高校サッカー部

2020/12/22

コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、今年は公式戦も大幅に縮小され、遠征もその多くが中止された。とりわけ緊急事態宣言による休校中の約3ヶ月間は、練習すらできなかった。チームづくりに苦心するなかで、選手の意識改革、外部講師の招聘、食事管理の変更など、ニューノーマルな練習環境の構築に取り組み、見事に京都70校の頂点に立った京都橘高校サッカー部。
彼らには、今年の全国高校サッカー選手権大会ではどうしても負けられない理由があるのだという。ひそやかに誓いを立てて挑む大会直前、サッカー部創設以来、20年にわたって監督を務めてきた米澤一成監督と、Jリーグ徳島ヴォルティスへの入団が決まっているエースストライカーの西野太陽選手に話を伺い、大晦日から始まる集大成の“決戦”にかける、それぞれの思いに迫った。

革新と挑戦を続ける京都橘高校サッカー部

京都橘高校は、高校サッカー部としては日本で初めて企業スポンサーを導入したチームとしても知られている。部費の無料化を目的にしたこの取組み。高体連主催の試合では着用が認められていないが、プレミアリーグやプリンスリーグなどサッカー協会主催の大会には、企業ロゴ入りのユニフォームで出場している。その効用について米澤監督はこう話す。

米澤「高校生たちに社会勉強をしてほしいという思いがありました。いろんな人の力添えがあって、いまの環境が成り立っている。そのことをわかってもらうきっかけになると思ったんです。また、企業名やロゴの入ったユニフォームを着て試合することで、サッカー選手としてのプライドや自信を持つことにもつながり、気持ちが引き締まると感じています」

ほかにも米澤監督はサッカー部独自のウェブサイトを立ち上げ、日々の活動や練習風景などをアップするといった活動も行うほか、外部講師を呼んでの戦術理解セミナーなどにも積極的に取り組んでいる。現在は、横浜Fマリノスのコーチを経て、東京電機大学の監督に就任したチームビルディングのスペシャリストである福富信也氏を招聘し、第一線レベルのメソッドを学んでいる。米澤監督はその効果は絶大なものだと語る。

米澤「これまで紅白戦が終わると選手たちは私に指導を求めてきていました。しかし福富氏が来てからは、レギュラー選手と控え選手、試合に出てない選手とマネージャー、それぞれが異なる立場からいまの紅白戦を見ての課題や必要な対処法などを自主的に集まって話し合うようになりました」

京都橘高校はもともとチームの方針として「ダッチビジョン」と呼ばれる戦術を掲げてきた。それは攻守にわたり、つねに自分たちがイニシアチブを取るというものだ。縦に蹴り込むサッカーや足元でつなぐサッカーなど、ひとつのスタイルにこだわるのではなく、裏にスペースがあればそこに蹴り込んで味方を走らせたり、必要とあればボールを繋ぎ、保持し続けたり、ゴールから逆算してもっとも効果的なプレイを、瞬間的に選択し続けるやりかたである。そのためには選手個人個人に高度なレベルでの戦術理解が求められる。いまや世界のサッカーの潮流はそうした戦術の高度化が進み、単にテクニックやスピードがあるだけの選手は通用しない。だからこそ、米澤監督は高校生の段階からそうした高いレベルで頭を使うサッカーを経験させているのだ。

西野太陽という超高校級タレントの存在

京都橘高校の躍進に欠かせない存在として、エースストライカーでゲームメイクにも秀でたスター選手がいる。西野太陽選手だ。来季からJ1昇格が決まったばかりの徳島ヴォルティスへの入団が決まっている彼は、まさにチームの太陽となる運命を背負ったトップクラスの才能の持ち主である。
憧れのプレイヤーはロベルト・フェルミーノだという西野太陽選手は、身長179cmと大柄な体格の持ち主だが、スペースに抜け出す勝負勘や動き出しのスピードの速さ、ゴール前でのアイデアの豊富さなどに優れたオールラウンダー。大晦日から始まる全国高校サッカー選手権大会では得点王候補としての呼び声も高い。

その西野選手が京都橘高校への入学を決めたのは、いまから7年前のことだった。

西野「小学校5年生のときでした。たまたまテレビで高校サッカーの試合を見ていたんです。その試合というのが、現在Jリーグで活躍している小屋松選手や仙頭選手が在籍していた京都橘高校の試合でした。躍動する先輩たちの姿を見て、自分もサッカー選手になりたい、京都橘高校でサッカーをやりたい。その瞬間、そう決意したんです」

2018年、西野選手は実際に京都橘高校に入学し、米澤監督に出会う。それから今日までの3年間で、西野選手は監督から受けた多くのアドバイスのなかで、もっとも印象に残っている言葉があるという。

西野「2年生のときに“おまえがチームを背負え”と言われました。3年生の先輩もいるのにと最初は戸惑いました。でも最後まで体を投げ出したり、攻守にわたって自分が率先して走ったり、チームメイトにそういう姿勢を見せないといけないと思うようになったことで、逆に自分自身がのびのび全力でプレイできるようになったんです」

米澤「あれはたしか去年の選手権前のことでした。彼が上級生に遠慮している一面が垣間見えたからです。もちろんチームを背負う役割ができる選手だし、そうならないといけない選手だという期待もあったので」

監督にそう言われて、西野選手自身の意識は変ったのか?と問うてみた。すると彼は「もちろん変わりました」と即答した。

西野「チームや仲間のために戦う。自分が点を取ることがチームのためになる。そういう意識も強く持つことで、精神面での成長につながったと感じています。自分が点を取ってチームを勝利に導きたい、という思いが強くなったきっかけの言葉だったと思います」

毎試合で複数得点すること。全国高校サッカー選手権大会では得点王を獲って、チームを日本一に導くこと。若きエースストライカーはそう言い切った。米澤監督から授けられたサッカー哲学と、そしてチームメイトたちとハードな練習に取り組んだ3年間が、遠慮がちだった彼に自信をもたらしたのだろう。
憧れだった京都橘高校のユニフォームを着て、憧れの舞台だった全国高校サッカー選手権大会で、「複数得点」「得点王」「日本一」という目標を達成し、ついに、少年時代からの夢を叶える。西野太陽というニュースター誕生の瞬間を見るのが、いまから待ち遠しい。

コロナ禍での限られた練習環境をどう過ごすか。

2020年はあらゆることが異例の年になった。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で学校は3、4、5月と休校になり、部活動も停止された。チームが集まっての練習も禁止。インターハイやリーグ戦などの対外試合も中止された。「ここで大きな差が出る」。米澤監督にはある思いがあった。

米澤「差というのはチーム内における、個々の選手の意識の差です。たとえば自粛期間中、私自身から選手にああしろこうしろといった働きかけはほとんどしませんでした。むしろ彼ら自身に考えさせるように促していたんです」

たとえば西野選手の場合、自粛期間中にむしろ自分の弱点を見つめ直す時間ができたと話す。そして個人的に体幹トレーニングを取り入れ、フィジカル面の強化、とくに下半身の強化に力を入れた。その効果は自粛が開けた練習再開後にシュートスピードのアップというかたちになって現れたという。

米澤「練習ができない。試合もできない。集まって話すことさえできないなか、各選手の時間の過ごしかた、自分なりの取り組みができるかできないかなどを見たいと思いました。すると実際にその期間での取り組みが夏以降に成果を出して、想定以上に伸びた選手がいました。もちろんその逆のケースもありました。個々の意識、それが決定的な差を生み出すんです」

また、コロナによる自粛は、部活動における体調管理にも変化をもたらした。たとえば京都橘高校には、部員がそれぞれお米を1合ずつ家から持ち寄り、それをマネージャーが練習中に炊いて、練習後にみんなで食べる「部メシ」という習慣があった。しかし感染防止の観点からこれも中止に。かわって取り入れたのがサン・クロレラだったのだ。

米澤「もともとしなやかで速い選手を作りたいと考えて体づくりに取り組んできました。その競技に必要な筋肉はその競技をやっていれば自然に身につくというのがぼくの哲学ですし、過剰な筋力トレーニングやプロテインなどは不要だと考えていました。しかし、肉体の疲労度が高いとトレーニングの質は上がりません。クロレラはいわば部メシがわり。栄養管理や健康管理を補助し、パフォーマンスを整えてくれる役割をしてもらっていると思います」

全国高校サッカー選手権大会へかける4つの誓い

京都大会の決勝戦、京都橘高校がゴールを決めたあと選手が集まり、スタンドに向かって喪章を掲げるシーンがあった。じつは昨年のインターハイでベスト4になったメンバーだった卒業生が今年の10月にバイク事故で亡くなるという悲劇に見舞われたのだ。とりわけ昨年のチームで一緒に練習やプレイをしていた2、3年生は大きなショックを受けていた。米澤監督にとっても2年と3年生の担任を受け持った生徒でもあった。チームに重い空気が流れるなか「彼のぶんも全力でプレイしよう」「去年の選手権で果たせなかった勝利をこのチームで勝ちとろう」。その決意があのゴールパフォーマンスを生んだ。「年末年始に行われる全国高校サッカー選手権大会でも、その思いを背負って戦ってくれることだろう」。そう話す米澤監督からは静かな闘志を感じた。

もうひとり、京都橘高校には特別な存在がいる。サードキーパーの郷田凪砂選手だ。狭きひと枠である正ゴールキーパーの座をめぐって奮闘を重ねているが、米澤監督は「実質、彼がこの学年のMVP」と言い切る。なぜか。

米澤「ずばり、彼のチーム愛です。彼がいたからこの学年は伸びたといっても過言ではないし、彼が牽引したチームだと思います。いま彼は3人目のキーパーですが副キャプテンを任せています。いつもしっかり挨拶をし、つねに前向きな姿勢でいる。彼の作りだすポジティブな空気がチームを幾度となく救いました。だから1年生から1度も彼をAチームから外していません。ゆくゆくは、いい指導者にもなるんじゃないかと期待しています」

全国高校サッカー選手権大会の登録メンバーにも名を連ねている郷田凪砂選手。コロナで公式戦が激減し、控え選手の活躍の場が減ったこともあり、最後の大会で結果を出すことでチームとして報われる。監督、そして主力選手みんなが、郷田選手はじめ、チームを支えてくれたほかの部員のためにも勝ち続けたいと意気込んでいるのだ。

もうひとつ、ある。西野選手は優勝を口にしたが、監督にはまずは一勝にこだわりたいと話す。じつはここ5年間、京都勢は全国高校サッカー選手権大会の初戦を勝てていない。しかもそのうち4回の敗戦は京都橘高校なのだ。忸怩たる思いがあった。米澤監督はまずは初戦を突破し、京都のサッカーのレベルは高いんだということを、ふたたび全国に知らしめること。それが今年の自分に与えられた責任だと語る。

そして最後4つ目の誓い。それは、コロナで大変な思いをした京都の人たちに元気を届けたいということだ。

米澤「今年はコロナの影響でスタジアムに入れるのはチーム関係者のみ。学生たちの応援や一般の人たちの観戦はありません。もともと高校生にとってあの観客数の中で試合できる経験こそが選手権の醍醐味。地響きのような歓声に押されて実力以上のパフォーマンスができることもあれば、相手チームの応援に気圧されて萎縮してしまうことだってある。そうした大舞台のなかで試合することが貴重な財産だったのに、今年はそれを経験させてやれません。それがすごく残念です。でもだからこそ、応援に来られない同級生や地域の皆さん、そして観光を中心に多くの影響を受けた京都の人たちに、新しい年を迎えるにあたって、明るく元気になれるニュースを届けられたら。そのことも大きなモチベーションになっています」

さまざまな人々の期待と、それぞれの思いを背負って、異例づくしとなった歴史に残る2020年度を締めくくる大会に挑む京都橘高校の、革新的指揮官と次代を担うストライカー。フィールドに響く歓声は小さいかもしれないが、多くの人たちの秘めたる祈りが、おそらくとてつもない量のエネルギーとなって彼らの闘志を掻き立てることだろう。初戦の松本国際高校との試合が行われるNACK5スタジアム大宮で、そして今年の高校サッカーの頂点を決める決勝戦が行われる埼玉スタジアム2002で、そのエネルギーを爆発させ、橘の花々がひときわ大きく開花する瞬間を、みんなが待っている。

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