プロアイスホッケープレーヤー
平野裕志朗
アイスホッケーの世界最高峰リーグ・NHLに、ついに手が届くところまで来た。
2021年9月、NHLから見て3部にあたるリーグ、ECHLシンシナティ・サイクロンズでシーズンのスタートを切った平野裕志朗選手は開幕から数多くのゴールやアシストを決めてチームの主力として活躍。その後12月にAHL(2部)のアボッツフォード・カナックスからコールアップ(昇格)され、「NHLでプレーする」という子どもの頃からの大きな夢にまた一歩近づいた。
「フォワードプレーヤーとして日本人初のNHL選手になる」との熱い想いを抱きながら、険しい道への挑戦を続けている平野。前編では、2021-22年シーズンを振り返りながら、一歩一歩着実に歩みを進めている海外挑戦のこと、また「NHL昇格」へ向けての手応えをたっぷりと語ってくれた。
コロナ禍に翻弄されながらも、“無所属”から目指した夢
「こんなにワクワクしているオフシーズンはアイスホッケー人生の中でも初めて。この夏、しっかりトレーニングと準備をし、自信を持って北米に戻りたい」
来たる勝負のシーズンへ向けての抱負を聞かれると、平野裕志朗は強いまなざしで言い切った。
その表情はこの1年でのプレーを通じ、「NHLに呼ばれても100%以上やっていける」という感覚が、単なる思いだけではなく平野自身の肌感覚で分かってきたということを示している。
一昨年にあたる2020-21シーズンは契約したECHLチームがコロナ禍による経営不振でリーグ参加を断念。それまでの所属からより強いチームへの移籍を決めることができ、「さあこれから」という矢先に飛び込んで来たつらい知らせだった。
一転“無所属”になってしまった平野は日本に戻り、アジアリーグアイスホッケーの新興チーム・横浜グリッツでプレー。「自分が日本でプレーする姿を子どもたちに見せることで何かを伝えることができたら」との思いもあり、氷上で戦いつづけることを選択したが、やはりプレーのスピードやフィジカルに劣る日本での試合は物足りない部分があったことは否めない。
2年ぶりの海外挑戦として、「やはり心の奥底では、ECHLにアジャストしていけるか不安がありましたね」という平野は、サイクロンズに合流したシーズン当初、ゴールもアシストも1つも記録できないノーポイントの状態を5試合も続けてしまった。
「日本でのプレーを引きずっていることに気づいて『これではダメだ』と早く切り替えられたのが大きかった。“どれほどタフな環境か”を昨シーズン、ECHLで経験してつかんでいたのも乗り越えることができた要因でした。結果を出さねば道はあっという間に閉ざされる、そんな世界だということを改めて思い起こして戦えたと思います」
平野はその気付きから一気に上昇気流に乗った。
NHLでも通用する、と現地メディアも評価する強烈なシュートを武器にゴールを量産。その後チームに欠かせない存在になった平野に、秋口には代理人を通じて複数のAHLチームからコールアップの打診がもたらされた。そのなかからNHLバンクーバー・カナックスの傘下で、カナダのバンクーバー郊外に本拠地を構えるAHLチーム、アボッツフォード・カナックスと契約できたのはチーム事情などもあり、12月のクリスマス明けだった。
「AHLに昇格したときは『2年近くもコロナ禍で振り回されてばっかりだったけれども、なんとかやれるところまでは最低限来ることはできたな』、という思いでした。まだ通過点でしたし、アボッツフォードに移籍してから自分が何を証明できるか。移籍後初の試合を見据えて、そこにフォーカスすることができていたと思います」
平野は自らの力を証明するチャンスが巡ってきたことに、改めて気持ちを奮い立たせていた。
「スタートから狙っていた」鮮烈なAHL初ゴール
AHLでの初ゴールは年をまたいで2022年1月22日に本拠地アボッツフォードで行われた対サンディエゴ・ガルズ戦だった。平野はアボッツフォード移籍後5試合目の出場。チーム内での評価を得て平野はこの日、試合開始からのメンバーに選ばれた。そしてその10秒後、まさに千載一遇のチャンスを自らたぐり寄せる。
フェイスオフ(試合開始)直後にチームメイトと併走しながら相手ゴールに向けて一気にラッシュすると、右からのパスを待ち構えていた平野はワンタイマーでスティックを振り下ろす。平野のスティックから放たれたパックは強烈なうなりを上げてゴールキーパーの右肩上のスペースを通過し、ゴールネットへ。追って押し寄せる観客の大歓声。平野はAHLでの初ゴールを豪快に決めた。
「最高でしたね。スタートから狙っていた、気持ちで押し込んだゴール。結果を出さなければすぐに下に落とされる世界で生き残るために自分を証明できた瞬間でした」
※パック=サッカーで言うとボールに相当する、直径約7.5㎝、厚さ約2.5㎝の硬質ゴム製の円盤
※ワンタイマー=サッカーで言うとボレーシュートのように、パックの動きを止めずにそのままシュートすること。豪快で観客が大いに湧くプレーのひとつ。
競争を勝ち抜き、よりプロフェッショナルの高みへ
AHLに昇格してみて感じるのは、スピードも技術も、そしてフィジカルもやはりプレーのレベルがECHLよりは1段上だということ。そして、練習での1つ1つのプレーから全力を出し切る選手のマインドの高さや選手をサポートする環境面でも、よりプロフェッショナルな心構えが求められるステージだ、ということだ。
「NHLで何十試合もプレーした選手がチームには多くいますし、本物のプロとしてどう発言し、社会の一員としてどう振る舞うかをみんな良く分かっている」
平野が海外挑戦を始めたスウェーデン6部のチームでは、試合後のトレーニングルームで汗を流している選手は誰もいなかった。
しかしAHLでは、上を目指して厳しく自分をコントロールできる選手はごろごろいる。練習でも7,8人は必ず最後まで残ってシュートやパスレシーブなど自分の課題に取り組む選手ばかり。もちろん平野もその1人だ。
平野はアボッツフォードに移籍してからもチームメイトと積極的にコミュニケーションを図り、練習後にドレッシングルームで一緒にNHLの試合映像を見ながらプレーの細かい部分について話し込むことも多いという。
「『この選手のこのプレーは裕志朗に似ているね』と指摘されるとか、プレーのイメージをお互いに共有することもよくあります。あと、やはりプロ同士ですから、トレーニングについて自分なりのやり方なり考え方なりを教え合うことも。強いフィジカルのベースとなる身体作りについてはみんなこだわりがあって、どの選手も食事やサプリメントなど口にするモノに関しては、かなり気を使っていますね」
アボッツフォードではチームシェフが4~5人も雇用されており、練習やホーム戦のときは基本的に朝・昼と食事が支給され、時にはディナーも提供されるという。栄養面はしっかり管理されており、選手は食事のほかに補助としてサプリメントを複数手渡されることもよくあるそうだ。
「サプリメントはチームの指示で飲みますが、本当に種類も量も多い。なかには、飲むときにノドに引っかかるというか、独特の味や香りでなかなか飲み込むのに苦労するものもあるのは正直なところです」という平野選手を助けているのはサン・クロレラAパウダー。
「サン・クロレラAパウダーは、ひとことで言えばとにかく美味しい。水に溶かしたものを毎日必ず飲んでいますが、『ぐいっといける』というか、僕にとってはもうビール感覚ですね。のどごしが良いのでスッと入って飲みやすい。チームメイトも『この緑の粉は何が原料なんだ? 飲んでみてどんな感じなんだ』といろいろ聞いてくるので、説明したこともけっこうありました。北米の色んなプロチームで採用されていることもあって、チームメイトもかなり興味を持っているようです。プロフェッショナルであるほど、自分のためになるものは常に探していますから」
一方でアウエーの試合では食費として金銭が渡されることも多い。コミュニケーションを図るために、ときにはチームメイトに声を掛けて街のレストランで外食をする時もあるが、相手によってその時のチョイスは必ずしも理想通りとはいかない場合もあるようだ。
「イタリアンのときもあれば、若い選手と一緒だとハンバーガー系の店に行くこともあります。アメリカやカナダの食事は美味しいけれども、身体が重くなる。2,3日続けるとムダな肉がついたな、と感じることもよくあって、そんなときにはサン・クロレラAパウダーを必ず飲んで、栄養バランスをコントロールしていました。いまはこっちでも日本食がブームなので『ラーメン食べに行こうぜ!』と声を掛けられて行くこともあって、そこのメニューが脂の強いものしかなかったときには、ホテルでサン・クロレラAパウダーを飲んで『助かったなぁ』、といったこともありましたね(笑)」
順調にチームにも溶け込み、AHLでのキャリアを重ねて着実に自分の夢へと近づいていった平野。しかし、プレーオフを目前にしてアボッツフォードとの契約を2022年4月に破棄して新たな戦いへ臨んだ。その背景には子どものころから抱き続けてきた「もうひとつの夢」の存在があった。