Journal

サン・クロレラの取り組みや
サポートするアスリートたちのTOPICS。

Find out about Sun Chlorella's corporate activities and sponsored athletes

official site
Vol.65
石の上にも、五年。
バスケットボールキャリアの大きな転換期とこれからの自分

渡邊雄太
プロバスケットボールプレーヤー

石の上にも、五年。 前編
2023/08/22

2022-23シーズンに移籍したブルックリン・ネッツで強豪の重要なピースとして活躍し、リーグ屈指の3ポイントシュート成功率を残した渡邊雄太。今オフにはNBA6年目にして初めて、開幕前に2年間の完全保証契約を勝ち取った。明日カット(解雇)されてもおかしくないというシビアな環境で毎日毎日ベストを更新し続けた日々は、彼を新しい世界へと運ぼうとしている。

ようやく自分自身を”NBAプレーヤー”として認められるようになった

「いつか自分が引退するとなってキャリアを振り返った時に、間違いなく『ここがターニングポイントだった』って言えるようなシーズンになったんじゃないかなと思う。個人的にはめちゃくちゃ楽しい1シーズンでした」

渡邊雄太は昨シーズンについて、こう振り返った。

渡邊は2018年にメンフィス・グリズリーズの一員としてキャリアをスタートさせて以来、ずっと綱渡りのバスケットボールキャリアを歩んできた。契約内容は一貫して無保証(チーム都合で解雇されても契約金が全額支払われない)で、チームからすれば『いつでも解雇できる選手』という扱い。幸いシーズン中の解雇は経験していないが、ベンチを温めたり、選手登録が下部組織の「Gリーグ」に切り替わった期間も長くなった。

ネッツとの契約も「無保証のキャンプ契約」だった。簡単に言えば、開幕前のトレーニングキャンプには参加できるが、シーズンを通してプレーすることどころか開幕ロスターに残れる保証もないという契約だ。

加えて、ネッツはリーグ屈指のスターが揃う優勝候補。最下層に位置する無保証の選手が居場所を勝ち取り、チーム構想の一端に加わるというのは我々が想像する何十倍も難しいことで、その挑戦にかかる精神的負荷はさらに乗数レベルで跳ね上がるのだろう。渡邊自身も他メディアの取材で、プレッシャーに耐えきれる自信がなくなり、NBAからの類似するオファーをすべて断ってGリーグで足元を固めることを考えた時期があったと明かしている。

しかし、最終的にネッツの一員として戦うと腹を決めた渡邊は、キャンプやプレシーズンマッチから素晴らしいパフォーマンスを発揮し、開幕ロスターに残った。そして、シーズン中も優勝を狙うチームの重要なワンピースとして勝利に貢献した。

レギュラーシーズンにおける平均プレータイムはキャリアハイとなる16分。以前から高い評価を得ていたディフェンスはもちろん、デュラントやアービングというポイントゲッターと同時にコートに立つことで3ポイントシュートを打つチャンスが増え、これを44.4パーセントというリーグ屈指の確率で沈めた。「僕はスペースを見つけるとか、チームの状況を見て動くことが得意なので、そういうチームのほうが、自分がフィットするんじゃないかということは何となくわかっていたところがあります」と本人が話すとおり、ロールプレーヤーとしての見事に仕事を果たした。

シーズン後半はデュラントとアービングの電撃トレードの影響でプレータイムが減り、優勝候補の一角だったネッツはイースタンカンファレンス6位、プレーオフ1回戦敗退という結果に終わった。傍から見れば”天国と地獄”のようなシーズンにも思えるが、渡邊はあくまで自分自身にフォーカスし、チームの一員として結果にコミットできたシーズンを「楽しかったです」と総括する。

「今まで5年間NBAでやってきましたけど、過去の4年は、いまいち自信を持って『NBAプレーヤーです』と呼べない自分がどこかにいて、まだあの舞台でそんなに活躍できているわけではないですし『もっともっとやれるな』という思いがありました。去年はもちろんまだまだやれるとは思いつつ、ようやくNBA選手として自分を認められたというか。大事な場面で試合に出て、自分のシュートで勝った試合もありましたし、その他にもいろいろな経験をして、自分自身を認められるようになりました」

移籍交渉解禁から1時間足らずでフェ二ックス・サンズと2年契約を締結

大きな手応えを得て迎えたシーズンオフに、渡邊はさらに大きな自信を手に入れた。FA選手との移籍交渉が解禁される6月30日午後3時(ロサンゼルス時間)からほどなくして、フェニックス・サンズとの選手契約が結ばれたのだ。しかも今回の契約は、契約金の全額支払いが保証された「完全保証契約」の2年契約。渡邊は契約面でもNBA選手としての確固たる居場所を確立することに成功した。

「去年まで一緒にやっていたKD(デュラント)がいることもあって、サンズは行きたいチームの1つだったので、素直に嬉しいという気持ちでいっぱいでした」

7月に行われた日本メディア向けの取材対応で契約の率直な感想を語った渡邊は、これまでの自身の歩みを振り返りながらこのようにも話している。

「グリズリーズでは2年通じてツーウェイ契約(※)。ラプターズでは1年目は無保証で、2年目は部分保証をもらっていましたけど、正直あってないようなものでした。去年も無保証で始まって、ようやく保証付きでチームの開幕ロスターに名前を連ねられます。今まで自分がやってきた努力というか、やってきた方向性というのは間違いなかったと改めて感じましたし、こういう風に評価をしてもらってるっていうことがすごく自信になっているので、その自信をしっかりとコート上でも出して、また高い確率で3ポイントを決めていけたらと思っています」

先にも触れたように、渡邊は解雇のリスクを背負いながら走り続けざるを得なかったこの数年間、我々には想像がつかないほどの精神的疲労を負っていた。2022-23シーズンを終えた後、渡邊はニューヨークからロサンゼルスに飛び、エージェントと来季に関する面談を行ったが、この中で渡邊はある決意を代理人に伝えたという。

「次のシーズンの契約を考える上で僕の中で一番重要だったのが、1年間を通した保証がつくかどうか。僕はこれまでの5シーズン、1回も全額の保証がついた状態でシーズンを迎えたことがなくて、自分がチームに残れるのかわからない状態でトレーニングキャンプに参加することが多かったので。保証がついているからと言ってチームに残れるとは限らないですけど、少なくともチームから必要とされている証明にもなりますから。あとはできたら複数年契約が欲しいということも伝えました。保証と複数年。この2つの条件が揃わなかったら自分はNBAに必要とされていないととらえて、NBAでのキャリアに見切りをつけようと思っていました」

ネッツで素晴らしいシーズンを過ごし、サクセスストーリーの真っ只中にいるとばかり思っていた渡邊が、このようなシビアな覚悟を持っていたと知り驚いた。

NBAプレーヤーの平均的なリーグ在籍期間は4.8年(出典元THESPORTSTER( https://www.thesportster.com/nba-players-longest-careers/#carmelo-anthony-19-seasons))と言われている。アメリカ人は4~5年目前後で安定したプレータイムと報酬を確保しやすい海外リーグ(Bリーグはこの1つとして人気があるそうだ)に新たなチャンスを求め、インターナショナルプレーヤーは「元NBAプレーヤー」という肩書を引っ提げて母国に帰る。NBA5年目、28歳の渡邊にとって、2022-23シーズンとそのオフはバスケットボールプレーヤーとしてのキャリアにおける重要な岐路だったのだ。

しかし、このような背水の陣で挑んだ渡邊の代理人のもとには、交渉解禁からほどなくして10チーム以上の編成担当から連絡が届いた。正式なオファーの前段階の「うちに欲しい」レベルのものもあったようだが、それでも解禁後数時間でこれだけの連絡を受ける経験をしたのは初めてだという。「めちゃくちゃ驚いて、本当にありがたいと思いましたし、去年自分がやってきたことが評価されて嬉しかったです」と話した渡邊は、その中からサンズを選んだ理由についてこう説明した。

「サンズよりもっとお金を出してくれるチームは正直ありました。ただ現状の自分のことを考えた時に、今はお金じゃなくて自分がやりたい場所でプレーをすることが大事だと思ったのが理由の1つです。もう1つ、サンズの編成担当者が交渉解禁後にわざわざロサンゼルスまで来て、どれだけ僕に来てほしいと思っているかを話してくれたことは大きかったです。オーナーも連絡をくれましたし、このチームはこんなに自分のことを欲しいと思ってくれてるんだと感じたので、ミーティング後にすぐにサンズに行こうと決めていました」

誰も歩んでいない道を歩んでたどり着いた一つの結果

NBAデビュー戦の対戦相手であり、アメリカ行きに大きな影響を与えた田臥勇太の元所属先でもあるサンズは、渡邊にとって縁を感じるチーム。「ニューヨークやトロントほど大きな都市ではないですが、冬が過ごしやすくて街もすごくきれい。遠征で行くのがすごく楽しみなところの1つでした」と話す。

サンズは今季、新しいチームに生まれ変わろうとしている。ヘッドコーチに2019-20シーズンにロサンゼルス・レイカーズを10年ぶりの優勝に導いたフランク・ヴォーゲルを迎え、生え抜きのデビン・ブッカーとディアンドレ・エイトン、トレードで獲得したデュラント、ブラッドリー・ビールという主軸に、渡邊はエナジーあふれるロールプレーヤーとしてからんでいく。

「ヴォーゲルはディフェンス中心で選手たちをハードにプレーさせて、そこにしっかりオフェンスをからめていくスタイルなのかなと。KDやビール、ブッカーの1対1が多くなるとは思いますけど、パスやチームオフェンスも大事にしていると思うので、自分もその一員としてプレーできることを楽しみにしています」

渡邊のようにドラフト外の無保証からキャリアをスタートさせ、6年目で正契約までたどり着いたNBAプレーヤーは他にもいるのだろうか。本人に尋ねると「わからないけれど、いないと思います」という返答の後ろに「さすがに、たぶん」という言葉がくっついてきた。その口ぶりからは、はからずして世界的に特異な道を歩き続け、自分だけのやり方で最高峰への足がかりを作った者の誇りが垣間見えた。

「客観的に見て、なかなか人ができないことをやれてるという感覚はあります。もともとアメリカで通用しないと言われたところからスタートして、大学4年間しっかりやり遂げて、NBAで5年やって7年目まで契約ももらえてるという状況は、自分自身評価していいんじゃないかなと思っています」

「石の上にも三年」――。たとえ冷たい石の上でも三年も座り続けていれば暖かくなってくるという意味から転じ、辛抱すればいつかは報われるということを示すことわざだ。

NBAのコートに初めて立ってから五年。その間には我々がうかがい知らぬたくさんの葛藤や苦しみがあっただろう。近年は「あきらめる」という選択肢が頭をよぎることもあった。ただ、それでも渡邊は歯を食いしばり、近しい人々から差し伸べられた手に支えられながら瀬戸際の勝負に挑み続け、「複数年の完全保証契約」という1つの結果を出した。

「色々な事情で挑戦をあきらめる人もいる中で、NBAにこだわり続けた結果、6年目もプレーできることになり、7年目もNBAプレーヤーでいられる。挑戦をやめなくてよかったと思います」

渡邊はそう言った。

※ツーウェイ契約=トップチームと下部チームの両方でプレーできる契約。NBAでの活動日数に制限があり、プレーオフには出場できないが、2020-2021シーズンはコロナの特例で日数の上限が撤廃され、プレーオフにも出場できた。