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Vol.69
現在の輝きと将来の輝きが共存する場所。

東山高校バレーボール部

頂への挑戦の果てに。
2023/12/28

花村知哉、尾藤大輝の二枚看板を擁し、今年のインターハイ、国体で準優勝。1月に行われる春の高校バレー(全日本バレーボール高等学校選手権大会)でも主役になると目されていた東山高校が、春高予選京都大会で姿を消した。東山高がリスクを負ってでも秘策に打って出た理由とは何だったのか。松永理生監督が明かす、挑戦の軌跡。

春高予選敗退は「ものすごい衝撃でした」

春高バレーへのたった一枚の切符をかけた、東山高校対洛南高校の京都大会決勝戦。どちらが代表になっても全国で上位を狙える実力校同士の激戦は、フルセットにもつれ込み、東山高にとって非情な結末を迎えた。エース・尾藤大輝(3年)のバックアタックが、洛南高のブロックに阻まれ、7-15でゲームセット。東山高の日本一への夢が断たれた。

選手たちは一瞬、何が起きたのかわからないという表情を浮かべたが、その後、こみ上げる涙を抑えられなかった。

東山高の松永理生監督はこう振り返る。

「あの時の選手たちは、言葉では言い表せないような表情をしていた。僕が東山に来て(コーチ時代も含め)5年目で、春高予選に負けたのが初めてだったんですが、ものすごい衝撃でした。重さというか責任が、全然違うんだなと。春高のために高校生がかけてきた時間やエネルギーというのはやっぱり大きくて、予選で負けてしまうと、積み上げてきたものが一気にガーッとなくなるようなイメージでした」

監督の中でもまだ、「ああすればよかったんじゃないか」、「いややれることはやった」と様々な思いが巡っているようだった。

ただ一つ言えることは、あくまでも“日本一”を獲るためにチャレンジし続けた結果だったということだ。

頂点との差を埋めるために取り組んだ2つのこと

今年、東山高は夏のインターハイ、秋の国体ともに準優勝。全国の舞台で二度も決勝に進んでいたが、決して全国2位に満足することはなかった。

インターハイでは決勝で、東京代表の駿台学園高校にセットカウント0-3で敗れ、力の差を感じていた。国体ではその駿台学園高を破って勝ち上がった山口代表の高川学園高校に、決勝で敗れた。

松永監督は「本当の力をつけて、日本一を狙うために、何をするべきか」を考え続けていた。

一つは“絆”だ。

「チームワークですね。僕はずっと“絆”という表現を使っているんですけど。団結力の部分で、駿台よりも少し劣っていたなと感じていました」

それは選手たちも同じだった。尾藤はこう話していた。

「東山は、個人の能力は全国的に見ても高いレベルだと思うんですけど、それ以外の、チームとしての絆や連携の部分で、他のチームを上回れていないことが、決勝で敗れた要因だと思っています。例えば駿台や高川学園は、自分たちの流れがよくない時に歩み寄る姿勢があるのに対して、僕らはミスをした選手になかなか全員が歩み寄れなかったり、いいプレーを褒めきれずにいたり、イマイチまとまりきれていなかった。試合の流れの中で、『ここ1点取れば流れを作れる』という場面を、全員が理解してチームとして戦うというところが足りていないと、決勝の舞台を2回経験して感じました」

国体後は、もう一段強い絆を築こうと、チーム内での会話を増やし、全員で1点を取りにいくという練習形式を増やした。

主将の花村知哉(3年)は、「以前は、思っていることを上手に伝えられず、自分の中で閉じ込めていることもあったんですが、本音で話し合うことの大切さがすごくわかった。『この選手はこういうふうに思ってるんだ』と知ることで、絆が生まれてくるのを感じました」と手応えを語っていた。

日本一を狙うために取り組んだもう一つは、大胆なコンバートだった。松永監督は、国体までミドルブロッカーとして出場していた梶田勘大郎(3年)を、セッターとして起用することを決めた。その理由をこう明かしていた。

「最後は3年生が一致団結しないと話にならないと僕は思っていて。今年は花村、尾藤という2枚エースがいますが、僕としては、キャプテンの花村が大黒柱としてドンと構えて、どちらかというと尾藤はどんどん攻撃に参加して点を取る、最前線の突撃隊長みたいなイメージでいるんですけど、その領域にお互いが踏み込んだり、覇権争いじゃないんですけど、どこかギクシャクするところがあったんです。そのバランスをうまく取るためのキーマンが、梶田かなと考えました。

新チームになってからは2年生の太田渉稀をセッターで起用していましたが、セッターがパイプ役になって尾藤、花村の2人を活かすには、同じ3年生でないとしんどいだろうなと。それで、国体が終わった次の日ぐらいに提案して、梶田のセッターで行ったら、どんどんうまく回り出したんです」

守りに入って予選を突破しても、日本一はない

梶田は中学時代にセッターだった。とはいえ2年以上のブランクは小さくはないが、それでも猛練習でチームは新たな形に手応えを感じていた。

花村は、「梶田がセッターになって、空いたミドルブロッカーのところに1年生の、身長193cmの齋藤航が入り、一層高さが加わったし、攻撃力もアップした。今年のチームの武器はオフェンス力なので」と好感触を漂わせた。

松永監督は、「これが僕の最後の秘策です」と覚悟を示した。

「勝負をかけていかないといけないので。春高予選を梶田でしっかり勝ち切れれば、その経験も加わって、春高にはかなり強くなって向かえると思う。(身長170cmの太田より、185cmの梶田のほうが)高さも出ますしね。今まではセッターのブロックのところを相手に狙われていましたが、その部分も埋まりますから。ある意味、賭けでもありますけどね。春高本番で日本一を獲るために、腹をくくるしかない。守りに入って予選を突破しても、その先に日本一はないので。もちろん不安です。でも不安だからこそ頑張れるんです」

それまで作ってきた、セッター太田、ミドルブロッカー梶田という布陣も引き続き準備し、幅広い戦い方ができるチームへと進化させた。

また、東山高はコンディショニングに対する選手の意識も高い。昨年は膝の怪我に苦しんだ花村も、今年は万全の状態で大一番に備えた。怪我をきっかけに、ストレッチの重要性に気づいたという。

「アスリートとして長く現役を続けるためには、ストレッチが大事。いろんな本を読んでもそうだし、いろんな選手がそう言っているので、お風呂上がりのストレッチは25〜30分ぐらい、毎日続けています」

加えて、大会の1ヶ月ほど前から、選手たちはサン・クロレラの錠剤を毎日摂取し万全を期す。

洛南高校の勢いに押された春高予選京都大会

そうして臨んだ11月の春高予選京都大会。決勝の相手は、洛南高だった。

第1セットは一進一退の展開となるが、中盤、東山高にスパイクミスが出て先行を許すと、洛南高が勢いに乗り、終盤引き離されてセットを失った。

ここで松永監督は、セッター梶田に代えて太田を入れ、ミドルブロッカーに梶田を戻すパターンに変更した。

「最初セッターに梶田、ミドルブロッカーに齋藤を入れたことによって高さが出て、相手スパイクをブロックにかけるケースがあったし、攻撃のところでも斎藤は頑張ってくれていました。ただ、ブロックで引っ掛けて作ったチャンスで、花村、尾藤にトスを集めたんですが、1セット目は取りたいポイントで決まらず、リズムに乗れなかった。ライトからの攻撃が減っていたために尾藤と花村へのマークが厚くなっていたので、ブロックを分散させることが必要でした。そこで(ライトからの攻撃も担う)梶田をミドルに戻して、セッターに太田を入れた。難しい決断でしたけど、1セット目の流れが良くなければ、2セット目からは戻すと、選手たちにも伝えていましたから」

第2セットは花村の強力なサーブで主導権を奪いセットを取り返すが、第3セットを奪われ追い込まれた。それでも第4セットは大差をつけて奪い返し、最終第5セットの立ち上がりも、花村のサーブが走り3-0と好スタートを切った。

だがその後、洛南高はブロックで勢いづき、すぐに逆転。東山高の攻撃が好守備に阻まれ、洛南高の2年生エース・中上烈が得点につなげていく。何かに飲み込まれていくように、点差を広げられ、最後はエース尾藤が捕まった。

日本一への挑戦が終わった。あくまでも“日本一”にこだわったチャレンジの結果だ。だが松永監督は反省を口にした。

「高校生の世界というのは、いろいろな戦術を準備して戦うことが一概にいいとは言えず、リスクもあるのかなと、今回の春高予選ですごく感じました。監督として最後、『これで行くよ』というものを作りきれなかったことが、フルセットで押し切られた結果につながったのかなと。最後の1枠を争う戦いの中では、もしかしたら子供たちを気持ちの部分で引かせた要因になったのかなという反省をしています。これが高校生の難しさなんだなと。青春と言われる彼らの3年間の集大成がどうしても春高になってくるので、やっぱりここは、どっしりとチームを作って、一つの形で磨き上げていくことも大事なんだろうなと感じました。

ただ、3年生は、『こういう形の戦い方も僕らはやりたいと思っていた』と言ってくれていた。勝てなかったことに悔しさはあっても、やってきたことは間違いじゃなかったと思ってくれているようなので、みんなとしっかり意思疎通をしながら最後はできたのかなと思います

敗戦を経験したことで、さらに強くなる

松永監督は、今の3年生たちの姿が、かつて中央大学の監督を務めていた頃の、石川祐希(パワーバレー・ミラノ)が4年生だった代に重なるという。石川が中央大に入学後、3年時までは全日本インカレで3連覇していたが、4年生の時に準決勝で敗れ、4連覇を逃していた。

「あの代は、その負けを経験したことで、さらに強くなっている子たちが多いんです。簡単に諦めるんじゃなく、『何か今できることがあるんじゃないか』と、みんなもがいてやっている。だから、そういうものを教えてくれる負けだったんじゃないかと僕は捉えています。

今年の東山が、日本一を獲ろうとやってきた中で、最後、思うように形を作れなかったのは何か原因があるはず。当然戦術の部分については、僕らスタッフは反省していますし、子供たちとしても、自分たちに少し甘さがあったんじゃないかと感じる部分はあったと思う。そういうものに気づかせてもらった試合でもありました。3年生にとっては、それがここからの人生の中で、タフさに変わっていくんじゃないか。人間的に強くなる経験をさせてもらったんじゃないかなと思います」

頂点を目指して挑戦し続けた事実と、悔しさは、これから新たな世界に旅立つ3年生にとっても、来年のリベンジを誓って走り出した1、2年生にとっても、必ずや糧になる。