髙橋藍
バレーボールプレーヤー
2024-25シーズンから生まれ変わった日本のバレーボールトップリーグ「SVリーグ」の顔として、コート内外で輝きを放ち、サントリーサンバーズ大阪の優勝に貢献した髙橋藍。大きな期待とプレッシャーを背負いながらも、それを感じさせない躍動感あふれるプレーと、バレーを楽しむ姿が、日本中の観客を魅了した。トータル58試合というハードなシーズンに世界レベルのパフォーマンスを発揮し続けられた理由は、継続する力と、高いモチベーションにあった。
成長したのは「1点を取り切る勝負強さ」
「長かったー」
昨年10月11日に開幕してから7ヶ月超、トータル58試合にも及んだ2024-25シーズンを終えた髙橋藍は、そう言って苦笑した。
初めて日本でシーズンを戦い切った充実感と、疲労感、そして悔しさも……。その一言にさまざまな感情がこもっていた。
日本体育大学2年の冬にイタリア・セリエAに渡ってから3シーズン、世界最高峰の舞台で急成長を遂げた髙橋は、昨年大同生命SVリーグのサントリーサンバーズ大阪に加入した。若くして東京、パリと二大会連続で五輪に出場し、人気、実力ともに日本屈指の選手。それだけに、「髙橋藍が来たからには」という期待を一身に背負いながらの7ヶ月間だった。
気の休まる日はなかったかもしれない。それでもいつもポジティブで、何より常にバレーボールを楽しんでいた。そしてきっちりと期待に応える。サントリーは、「Vリーグ」から「SVリーグ」に生まれ変わった新生リーグの初代王者に輝き、攻守の中心として活躍した髙橋は、チャンピオンシップ(プレーオフ)MVPを獲得した。
ただ、SVリーグ優勝決定のわずか6日後に開幕したアジアチャンピオンズリーグでは、準決勝で敗れて3位に終わり、2位以上に与えられる世界クラブ選手権の出場権を手にすることはできなかった。
「天皇杯で優勝し、SVリーグの初代王者にもなれたんですが、5月のアジアチャンピオンズリーグでは3位という悔しい結果だった。そこに勝てば世界クラブ選手権につながっているので……来季こそは」
“世界一”を目標に掲げるサントリーは、SVリーグ優勝と、アジアチャンピオンズリーグ優勝、世界クラブ選手権の出場権獲得を目指していただけに、ミッションを完遂できなかった悔しさはどうしても髙橋の中に居座る。
それでも、収穫の多いシーズンだったと振り返る。
「長かったし、しんどかったですけど、すごくいい勉強になったし、いい経験にもなりました。日本で初めてのシーズンで、すごく盛り上がりを感じたし、自分の中で『成長できたな』と感じられたシーズンでした」
イタリア・セリエAに比べれば、SVリーグは高さでは劣るが、日本のディフェンス力はやはり世界一だと身をもって感じたシーズンだった。イタリアではブロックを抜けば決まっていたスパイクが、日本では拾われる。その中でいかに得点を奪うかを模索し、進化したシーズンだった。
「もちろんパワーや技術が上がったというのもありますし、何より、1点を取り切る勝負強さという部分で、また成長できたかなと感じました。やっぱり試合数が多かった分、勝敗のかかった場面を非常に多く経験できたので。その中で、“1点”を取れなくて負けた試合も経験しましたから、試合を決めるにあたっての気持ちの部分で、すごく成長できたのかなと感じました」
昨年のパリ五輪では、準々決勝のイタリア戦で、日本は幾度もマッチポイントを握りながら“あと1点”を奪えずに逆転負けを喫した。そこから、髙橋の中で「最後の1点を取り切る」は大きなテーマとなり、サントリーでのシーズン中も常に意識し続けたポイントだった。
「一番のポイントは、やっぱりメンタルだなと感じました。技術や、取れる力は、もう持った上でそこの舞台に立っていますから、あとはその力を発揮できるか、できないか。その場面で冷静に自分のプレーや戦い方ができるかどうかが重要だと、今シーズンすごく感じました。やはり少しでも迷いや逃げがあったり、弱気な部分が出てしまうと、なかなか得点にはつながらなかった。でも自分を信じることができて、自信に満ちあふれていれば、その得点を取ることができていました」
勝負所で自信を持って打ち切るために、練習から1本1本、精神も身体も研ぎ澄ませて、判断力と技術を磨き続けた。
会場の熱気、子供たちの声援がモチベーションに
注目されるほど、応援されるほど、力を発揮する選手だ。SVリーグの会場の熱気と声援が、髙橋の大きなモチベーションとなっていた。
「今季は日本でプレーして、ずっとホームのような感覚がありました。アウェイの会場に行っても、ホームのような温かい盛り上がりがありましたし、日本のファンの方々がどの地域に行っても歓迎してくれて、バレーボールをやっていてすごく楽しかった。日本の皆さんの前でプレーできるということは、自分自身の一番のモチベーションになっていました」
開幕戦のチケットが即完売するなど、サントリーのホームゲームは盛況で、初めてホームの観客動員数が10万人を突破。レギュラーシーズンの1試合あたりの平均入場者数もリーグトップの5494人を記録した。ホームだけでなくアウェイでも、サントリー戦はほぼ満員で、髙橋の一挙手一投足に会場は沸いた。
「ラン君、頑張れー!」
試合前のコートで髙橋がストレッチをしていると、スタンドから子供の甲高い声が響いた。小さなファンの精一杯の声援に、髙橋は満面の笑みを浮かべ、手を振って応える。日本に戻ってきてよかったと感じる瞬間だ。
「本当に子供たちの応援は一番嬉しいですね。試合会場でも子供たちの姿が増えてきて、自分の名前を呼んでくれたり、エスコートキッズをする子供がわざわざ『ラン君頑張ってください』と言いにきてくれたこともありました。そういうのはすごく嬉しい。それだけで元気をもらえて、『頑張ろう』と思えるんです」
試合前には地元のバレーボールチームなどに所属する子供たちがエスコートキッズを務め、選手と手をつないで入場する。子供好きの髙橋は、ペアになった子供に話しかけるのだが、時にはこんな反応も。
「たぶん緊張しているからでしょうね。話しかけても、『あれ? 俺のこと嫌いなのかな?』と思うぐらいすんっとしている子もいました(笑)。でも緊張して固まってしまう、その気持ちはすごくわかる。自分も子供の頃そうだったので。僕も福澤達哉さんや清水邦広さんがいたパナソニックパンサーズのエスコートキッズをしたことがありましたから。確か自分は福澤さんの一個うしろで、手はつなげなかったんですけど、試合後に写真を撮ってもらいました」
昨年、髙橋が日本でプレーすることを決めた理由の一つに、「子供たちのために」という思いがあった。
サントリーの入団会見では、「子供たちにもぜひたくさん会場に来てほしい。バレーボールを、子供たちが『夢があるな』と感じられるスポーツにしたい」と語っていた。
スタンドから勇気を振り絞って「ランくーん!」と声を張りあげ、笑顔で手を振ってもらった少年は、おそらく一生忘れられない記憶として残るだろう。
躍動感あふれるプレーで、そして豊かな表情や仕草で、見る者を虜にした日本での1シーズン目が幕を閉じた。