渡邊雄太
プロバスケットボールプレーヤー
不安も雑音も吹き飛ばす:渡邊雄太がブレない理由
渡邊雄太はブレない男だ。
NBAに入って3年目、決して楽なことばかりではなく、不安な思いをしたこともなかったわけではない。それでも焦ったり、逃げ出したりすることはない。
たとえば去年、8月にシーズンが終わった後、ツーウェイ契約(*)選手として所属していたメンフィス・グリズリーズから契約更新のオファーがなく、フリーエージェントとなったときもそうだった。新しいチームが見つからず、NBAでのキャリアを続けられるのかわからない状態でオフシーズンを過ごしていた。
「正直に言うと、あの時期はかなりストレスでしたね。グリズリーズでの2年間は自分が思ったような結果は全然出せなかったんで、もしかしたらもう本当にチャンスがないんじゃないかと……。実際、なかなか声もかけてもらえなかったですし、決まらない不安もありました。それと、ありがたい話なんですが、まわりの方々は僕のことを気にかけてくれるので『来シーズンはどうなるの』ということをよく聞かれていたんですけれど、答えようがなかった。聞いてくださっていた方々が悪いとかではなく、(答えがないことに対して)不安やストレスを感じていました」
誰でも、先行きがわからないと不安になる。それは渡邊も同じだった。だからこそ、そういったときにどういう行動を取るかでその先の道が分かれる。
「実際に不安になったからといって状況がよくなることはありえないんで、とにかくオフシーズンにできることを集中してやるしかない。シーズンが終わった後はしばらく日本に帰って家族と過ごしたりしたんですけれど、その間もしっかり練習はできていたと思いますし、アメリカに戻ってきてからもLAでかなり質の高い練習ができていた。そういう練習を繰り返していくうちに、少しでもチャンスがあればいい方向に行くんじゃないかなという自信が、少しずつ出てきました」
成功をしたときに浮かれることがなかったように、思うようにいかないときも悲観的になりすぎることはない。そうやってブレずにいられるのは、自分を俯瞰的に見る習慣があるからなのだと言う。
「自分のことを第3者目線で見ることがけっこうあるんですけれど、そう見る中で、オフシーズンの自分の成長も少しずつ感じられていた。いろんなNBA選手とピックアップゲームをやったりして、その中で自分のいいプレーが出せていたので、あまり悲観的になることはなかったですし、かといって楽観的になるということもなかった。ある意味、自分のやらなくてはいけないことに集中できていたと思います」
そんな中で、現在所属しているトロント・ラプターズから声がかかった。まずはミニキャンプへの招待。3日ほど、ほかの選手といっしょにコーチたちの前でプレーした。実質のトライアウトだ。
「トレーニングキャンプの前にミニキャンプに呼んでもらえたのがすごく大きかったと思っています。そのときにどういうプレーをするのかとか、僕がどういう人間なのか、僕のことをわかってもらえたので。ただ、それでもトレーニングキャンプ参加のための契約しかもらえなかったので、正直、始めは、これで残れなかったら次どうなるんだろうとか、そういった別の不安も色々ありました。でも練習を積み重ねていくうちに、このチームなら自分がフィットできそうだというのをすごく感じれたので。トレーニングキャンプの終盤のころにはチームに残れるんじゃないかなという気はしていました。ロスター枠が埋まってはいたので、(契約がある)選手を落としてでも自分を契約してくれるのかなという疑問は当然あったんですけれど、もしロスターがあいている状態なら、自分は入れるぐらいの位置まではきているという手ごたえはあった。あとは、そういう選手たちよりどれだけいいパフォーマンスを見せるかというところの勝負でした」
結局、ラプターズは別の選手をカットし、渡邊とツーウェイ契約を交わした。グリズリーズのときと同じ契約形態だが、これまでとは違うという手ごたえはあった。グリズリーズ2年目の昨季は、試合に出るのは勝敗が決まった後の場面がほとんどで、「自分である必要はないんじゃないか」と思うこともあった。しかし今回は、ほかの選手をカットしてまで、自分が残る枠を作ってくれた。必要とされている、このチームなら自分の力を出せると感じた。実際、開幕すると渡邊は出場機会を得て、試合によってはローテーション入り選手として貢献することもあった。今季ここまでですでに、グリズリーズでの2シーズン合計より多くの時間、コートに立っている。
まわりに影響されるより、影響を与えられる存在に
まわりからの雑音に対しても、渡邊は同じようにブレない姿勢を貫いている。
2月19日のミネソタ・ティンバーウルブズ戦でポスタライズされて話題になったときもそうだった。ポスタライズとは、ポスターになるようなダンクを自分の上から決められたときによく使われる表現だ。
この試合で渡邊は、去年のドラフト1位指名の19歳、アンソニー・エドワーズの豪快なダンクの犠牲になってしまった。その場面の映像は『ユウタ・ワタナベ』の名前とともにツイッターやインスタグラムなどのSNSを介してあっという間に世間に拡散された。エドワーズのダンクが絶賛される一方で、やられた渡邊を笑ったり、揶揄するようなコメントも多かった。
「まぁ、あれは客観的に見たら正直すごいダンクだった。僕が見てきた中でも一番すごいダンクだったんじゃないかなって思います。自分がやられた側で、こんなことを言うのはちょっと嫌なんですけれど。だからあれが話題になるのは正直、わかっていたことというか……」と渡邊も苦笑する。
アメリカでバスケットボールをしていれば、上からダンクを決められることは日常茶飯事だ。事実渡邊も、アメリカに出てきて8年目。数多くのダンクをくらってきた。
「それこそグリズリーズのときは、プレシーズンの試合に出て10秒後ぐらいにマイルズ・プラムリーに頭の上からダンクされていますし、去年は、練習中にジャ・モラントに相当ダンクされたんで、もう本当に慣れっこというか……。相手に簡単にシュートを決めさせたくないという気持ちが常にあるから、どういう状況だろうと基本的にブロックに跳ぶので、ある程度しかたがないかなとは思っています」
数日後、ZOOM会見でそのダンクについて聞かれた渡邊は、「実はそのことについて話す機会があればと思っていて……」と切り出し、次のように語った。
「僕の場合、あのダンクをブロックに行かないっていう選択肢は絶対にありえないですし、あれを見過ごして簡単に2ポイントを決められるぐらいなら、僕はダンクをされたほうが(いい)。こういう時代なんで、ネット上で広まることを恐れてよけている人がほとんどですけれど、僕はそれをしだすと、ここにいるべきじゃないと思いますし、プレータイムももらうべきではないと思っている。もし同じシチュエーションが今後あれば毎回跳びます。もし100回のうち99回ダンクをされても、1回ブロックできる可能性があるなら、ああいう場面では僕は必ずブロックに跳びます」
渡邊がそう語ると、今度はこの言葉が英訳されて拡散され、渡邊のそのコメントと、向かっていく姿勢に対して称賛の嵐となった。
SNS時代はこうやって一瞬で大勢の人に笑われたり、称賛されたりする。そういう声に耳を傾けていたら、精神的にもきつそうだ。渡邊はSNSとどうやってつきあっているのだろうか?
「SNSって、本当に今、切っても切り離せない存在。自分が見たくないことも当然目に入ったりもする。ただ、これもプロとしてのひとつの仕事かなと割り切っています。まぁ、SNSだからといって批判的な言葉を人に投げかけるのは絶対にやっちゃいけないと僕は思いますし、何でそういうことをする人がいるんだろうというのは正直思うんですけれど、ただ、そういう人たちがいなくなるわけではないので、それはプロ選手の仕事のひとつとしてとらえるようにしています」
SNSに対して、そんなふうに、言ってみれば大人のつき合い方をしている渡邊が、なぜポスタライズの件について無視せずに、自分の言葉で語りたかったのだろうか。そう聞くと、渡邊は次のように説明した。
「批判する声は、正直、僕としてはどうでもよくて。どちらかというと伝えたかった相手は、僕のことを『大丈夫?』みたいに心配してくれていた人たち。日本人でもアメリカ人でもけっこういたんですけれど、僕からしたら、逆にあれで落ち込む理由が一切なかった。僕のことを心配してくれるのはすごくありがたいんですけれど、自分がやったプレーの結果だったので。だから心配をしてくれている人たちに対して『僕のことを心配する必要なんて一切ないんですよ』ということを説明したかった…という感じですかね」
ちなみにラプターズのチームメイトたちは、ポスタライズの試合の直後に、その場面を真似するなどして笑い飛ばしてきたという。そんな反応は、渡邊はむしろありがたかったと振り返る。
「あの場面では同情されるほうがすごく嫌だった。もし優しくされたら、気を使われているみたいな感じで嫌なんですけれど、ああやってジョークにしてくれることによって、自分もチームに溶け込めているんだなと思いましたし、気を使われていないんだなというのを感じられて、ありがたかったです」
こんなふうに、今ではまったくブレない渡邊だが、実は昔はまわりに影響されやすかったのだという。
「そこは自分もすごく成長したと思う部分のひとつで、今は他人に影響されるということがなくなりました。どちらかというと、誰かといると僕のほうがその人たちに影響を与えられる存在になってきているんじゃないかなって感じています。なので、批判的な言葉だとか、外部からの言葉っていうのはあるんですけれど、当然、見ると嫌ですけれど、そういう言葉にはほとんど影響されないですね」
*ツーウェイ契約
NBAチームと下部リーグのGリーグ・チームをシーズン中に行き来できる契約。通常はNBAチームでの活動日数に上限があり、プレイオフにも出られないが、今シーズンはコロナ禍の特例で、上限が撤廃され、プレイオフにも出場できるようにルール変更された。