中山太(株式会社サン・クロレラ代表取締役社長)
バスケットボールの15歳以下の世代に対して、本場アメリカを筆頭とした海外へのチャレンジを応援するためのプロジェクト「グローボーラーズ」。サッカーでは久保建英選手をはじめ早い段階で海外へと出ていく選手が少しずつ出てきているものの、それ以外のスポーツでは15歳以下の世代が海外に出るチャンスがまだまだ少ないことから「新しい道」を提示することを目的に、2020年からこのプロジェクトをスタートさせた。新型コロナウイルスの影響で見送られてきた海外遠征が、今年ようやく初めて実施された。そこで、ロサンゼルスでの選手たち様子や遠征の成果などについて、チームに帯同した中山太代表取締役社長に話を伺った。
15歳以下の海外挑戦をサポートするグローボーラーズという“道”
中山:グローボーラーズ・プロジェクトの大まかな流れとしては、まずは国内でトライアウトを実施して選手をセレクションし、選抜チームを結成。国内での合宿や遠征、試合などを経て、その中から海外挑戦を志望する選手をさらに選抜をしたうえで、アメリカでの武者修行に参加してもらい、現地のコーチの指導を受けたり、アメリカのチームと試合をするチャンスを提供していくプログラムになっています。そこで現地のコーチにアピールできれば、もしかしたらアメリカの高校へのバスケットボール留学をはじめ新しい可能性が開けるかもしれないし、アメリカのプロバスケットボールリーグやその下部のリーグ、あるいはヨーロッパリーグのチームへの近道になるかもしれません。いずれにせよ、アメリカを中心とした海外挑戦へのチャンスメイクに貢献することを目的にスタートしたプロジェクトでした。
ところが開始と同時にちょうど新型コロナウイルスによるパンデミックに見舞われ、プロジェクトそのものは国内で継続していたものの、肝心のアメリカ遠征が実施できない状態が続いていました。しかし、ようやく今年9月、プロジェクトスタートから3年目にして念願のアメリカ遠征が実施されたわけです。うれしい気持ちももちろんでしたが、3年越しのアメリカ遠征ということもあり、わたし自身も最初はさまざまな感情が入り混じっていました。
今回の遠征に参加した6名は海外渡航自体が初めてという選手も多く、国際線にも乗ったことない子ばかりなので彼らもかなり緊張していました。子どもたちといってもみんな身長185cmくらいあってアディダスさんから提供していただいたかっこいいウェアを着ているのに、ソワソワしていてどこか上の空になっている挙動不審の集団というのは、かなり可笑しかったですね。しかも飛行機がいよいよアメリカに着陸するタイミングで陸地が見えてきたとき、ひとりの選手が「ニューヨーク見えた!」って大声で叫んだんです。でもわたしたちがいまから降り立つのはロサンゼルスなんです(笑)。行き先すらわかっていないわけです。まあかわいいエピソードですけど、知識レベルを含めて最初はそのくらいおぼつかない状態での旅立ちでした。
今回のアメリカ遠征に際して事前に準備したこととしては、今年3月に選抜メンバーに選ばれた選手に対して、リモートによる英会話のレッスンを半年間にわたって実施しました。やはりコミュニケーションがしっかり取れないと指導されたことをプレーで表現することは難しいですから。とくにあるコーチがすごくよく喋る人だったので、やはりやってよかったなと思っています。
あとは保護者さんとの相互理解。そのためにスタッフと保護者さんができるだけダイレクトに接点を持って話し合える環境をつくりました。いかに優秀な選手であっても15歳以下の選手たちの進路を選ぶ際には、やはり保護者さんの意見は重要ですし、もちろん子どもたちへの影響力も大きい。そこで、まずは選手自身の選択を重視し、そこに保護者さんのご意見とわたしたちの思いをじっくり時間をかけて擦り合わせながら、できるだけ彼らの希望する進路を後押ししてやれる環境づくりを一緒にやっていきましょうという方向性で、対話を重ねてきました。才能ある子どもたちの今後の人生を左右する一歩でもあるので、そこはかなり丁寧なコミュニケーションを心がけています。
遠征先ロサンゼルスで体感した、バスケの本場と日本の違い
中山:今回のアメリカ遠征は約8日間。毎日のように現地の高校や学生アスリートを育成するアカデミーなどを訪れ、アメリカの高校生たちと一緒に練習やトレーニング、スキルコーチによるスキルセッションなどを重ねていきました。日本との違いでまず感じたことは、日本ではあくまでも部活の一環なのでたとえば練習前のストレッチを掛け声のもと選手全員でしますが、アメリカでは練習時間になると同時にストレッチもなくいきなり全力プレーが要求されます。それは「事前準備はここへ来る前に自分ですべて終わらせておきなさい」ということがベースにあるためなんです。
そしてもうひとつ、なによりもアメリカの最前線で教えていらっしゃるコーチがみんな若くてバスケが上手いことです。日本だと部活がベースになっているので、それこそ部を何十年と率いていらっしゃる顧問の先生をはじめ年配のコーチが多いですよね。でもアメリカではどこへ行ってもまだまだ現役でじゅうぶんできるような30代〜40代半ばくらいの人がコーチをやっている。だから実際にやってみせることができるのが強みですよね。あと、とにかくアメリカのコーチがとにかく喋るのが上手なので選手の気持ちを乗せてくるんですよね。ときにはグローボーラーズの子たちに対して「1対1でオレに勝てる自信のあるやつは手を上げろ」と選手を煽ったりすることもありました。そうやってすごいプレイをコーチ自身が見せつけることによって、最初はガチガチだった選手たちも短い時間のうちにコーチとの間にしっかりとした関係性を築くことができていけたのだと感じました。
こんなことがありました。グローボーラーズのある選手が隅っこのほうでパスの練習をしていたのですが、いちどだけちょっと手を抜いたんですよ。するとコーチがそれを瞬時に見つけて、すべての練習をストップさせると全員の前で説教が始まりました。なぜなら、そのコーチをはじめアメリカのスポーツ文化においては「ミスすることよりも全力でやってないことのほうがダメなんだ」という確固たる信念があるからなのです。それまで日本でミスをしたら怒られるという常識のなかでバスケをやってきたグローボーラーズの子たちにとっては相当にカルチャーショックを受けていたようでした。でも彼らは若いですから、そうしたカルチャーにも素早く適応していくのが見てわかりました。あるワークアウトの現場には元ロサンゼルス・レイカーズの選手で現在はアシスタントコーチをやっているプロフェッショナルも顔を見せるなど、現地の一流どころが集まる場に身を置き、しかもそんなすごい選手たちから直接コメントをもらったりできることが、日本ではできない経験として彼らをすごく成長させてくれたと感じています。
コーチたちからは、いわゆるアメリカ西海岸のヒップホップノリの韻を踏んだブラックカルチャーらしい煽りというか、時にはちょっとこの場では言えないようないわゆる禁止用語を織り交ぜたかなり激しい言葉が飛び交います。でももちろんコーチに悪意はありませんし、言われている選手にもネガティブな感情はありません。互いへのリスペクトを前提としたうえでの激しいやり取りであり、むしろ選手たちもこのコミュニティの一員になれたことに誇りを感じていたとわたしは思います。それが証拠に選手たちは宿舎にしていた部屋に帰ると、そのワードを紙に書いてバーンと貼り出していましたから。と同時に、アメリカサイドのコーチたちにとっても、こうして日本の若い才能に出会い、指導できたことはとても貴重な経験だったし、とても楽しかったと話してくれていました。わたしとしては、この言葉を聞けただけでも、やってよかったなと思えたうれしい瞬間でした。
未知へのチャレンジをする人たちこそ、支援を必要としているから
中山:今回の遠征メンバーに対してすでに関心を示してくれている学校もありますし、現時点でどういったところからどういったオファーがもらえるのか?という話をしている段階なので、もしかしたら今回のメンバーのなかからアメリカ挑戦のチャンスを掴む選手が出てくるかもしれないという状況です。なので、直近の目標としては、もしそういう選手が出てきた場合はそのサポートを全力で取り組むことになると思います。
当然、3期生の6人が経験したことは、来年に実施される予定の4期生のトライアウトやアメリカ行きのメンバー選抜、次回のアメリカ遠征などにおいても必ず活かせると思っています。
また長期的な目標としては、このプロジェクトの立ち上げ時から一貫して言っていることでもありますが、まずは最低でも10年は続けるということ。そしてやはり最終的には10年のうちに一人でもNBAをはじめアメリカや海外で通用する選手が出てくることを期待しています。もしそれが達成されたとしたら、そのときは結果的に日本のバスケシーンを変えるというと大袈裟ですが、選択肢を増やすことにつながると思います。
アメリカ遠征の際にベニスビーチといういかにもカリフォルニアという場所に行ったんですけど、そこでは年齢に関係なくみんながバスケットを楽しんでいました。せっかくだからグローボーラーズのメンバーも一緒に混ざってプレーを楽しみました。スポーツがすごく気軽で身近な場所にある。そういう環境や空気を肌で体感してきたわけです。わたしは仮にこのプロジェクトからアメリカで活躍する選手が出なくても、こうした本場で指導を受けた若い人たちが増え、いずれ大学やプロのプレーヤーとして、あるいはコーチや指導者として活躍してくれれば、日本のバスケットボールにとっても大きな意味のあることだと信じています。
実際に、この遠征から帰る直前に選手たち一人ひとりと話したところ、みんなが口を揃えて「これまでバスケをしてきたなかで、いちばん大きなターニングポイントになった」と語っていました。いままで以上にアメリカでやりたいという気持ちが強くなったという声も多く聞かれました。このプロジェクトのキャッチコピーは「TO THE NEW PATH(新しい道へ)」です。中学で上手い子が必然的に高校の強豪校に行き、大学、Bリーグへというたったひとつの道だけに限定されていて、他に選択肢がないのが現状です。ですから、少しでも海外を意識している若い子たちに、その「新たな道」を提示していきたいという思いで取り組んでいます。
いまサン・クロレラではグローボーラーズとは別に、15歳にしてスペインでのバスケ留学に挑み、昨年17歳でプロ契約を結んだ岡田大河選手へのサポートも継続しておこなっています。渡邊雄太選手のようなトップクラスの選手だけではなく、グローボーラーズはじめ次世代の選手へのサポートもしていますが、共通していることは独自の道を開拓し、とりわけ海外での活躍をめざしてがんばっている「チャンレンジャー」を応援するということ。それこそが、当社がスポーツ分野に参入する意義でもあり、なによりわたしたちなりのメッセージでもあるのです。