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Vol.56
完膚なきまで。
畏怖すら覚える絶対王者の「1セットも与えずに勝つバレー」はどのようにして生まれたか。

東山高校バレーボール部

完膚なきまで。 前編
2022/09/30

連覇を狙う王者として迎えた2021年の春高バレーでのまさかの棄権。そこから、今年7月のインターハイにおける1セットも落とさない完全優勝にいたるまで、東山高校バレー部はまるでスポーツ漫画を見ているかのような波瀾万丈の連続だった。あの悔しい経験から、彼らは何を学び、どう乗り越えてきたのだろうか?
そこには、変わらぬ伝統に培われた普遍性と、時代に合わせて新しい風を受け入れる柔軟性がバランス良く融合したチームの姿があった。
1993年から28年にわたって東山高校バレー部を率い、今年春から総監督として新たな視点でチームを指揮することとなった豊田充浩氏に話を伺い、王者復権の軌跡に迫った。

棄権から完全優勝へ。1年半で、より凄みを増した東山バレーの強さ。

昨年1月の春高バレーで東山高校を悪夢が襲った。連覇のかかる大会でチームは準々決勝をかけた3回戦を迎えようとしていた。ところが試合前日、チーム内に発熱者が出てしまったのだ。すぐに大会規定に定められた手順どおり、当該選手を一人部屋に隔離したうえで大会本部に連絡を取り、現況を説明した。本部からは出場を認めるとの回答を得たため、翌朝チームは試合会場へ向かった。会場に到着してすぐ体温測定をしたところ37℃超の選手が2名いたものの、大会規定の「37.5℃以上」の選手はいなかった。選手たちはユニフォームに着替え、コートに降りてウォーミングアップを開始。しかしここで大会関係者から突如として棄権通告が為される。医師の判断によるものとの説明があり、裁定が覆ることはなかった。その場で泣き崩れる選手たち。3年生にとっては最後の大会でもあったのだが、戦うことすら許されぬまま思わぬかたちで連覇の夢はそこで潰えたのだった。

豊田総監督「あのときのことは一生忘れません。私自身、子どもたちにかける言葉も見つからなかったし、彼らの顔すらまともに見ることができなかったですからね。でもだからこそ、どのチームよりもコロナ禍でのゲームの難しさを学ばせていただいたと思っています。ふだんの体調管理や自己管理、精神面のケアもそうですけど、こうやって練習や試合をできることが決して当たり前のことではないんだと。たくさんの人に支えられてやらせてもらえているんだという、感謝の気持ちと謙虚さを再認識させてもらえたと思っています。それはきっといまのチームの強さにもつながっていると私は確信しています」

あれから1年半が経った。当時の1年生が、いま3年生としてチームの中心にいる。そして今年の春からは、長年にわたって東山高校を指導してきた豊田充浩氏が総監督に就任。東山の卒業生で豊田氏の愛弟子でもある松永理生氏がコーチから監督へ昇格するという新体制で挑むと、早速迎えた先のインターハイでは全試合相手に1セットも許さない「完全優勝」を成し遂げた。

じつはインターハイ直前に行われた近畿大会決勝で大阪の昇陽高校に敗れていた。豊田総監督によると準決勝あたりから目的意識に欠ける散漫なプレーが見られたという。しかし結果的にはそれがいい薬になった、と振り返る。近畿大会終了後にミーティングを行い、課題を徹底的に洗い出すことでインターハイまでの約10日ほどのあいだにしっかりと修正を図ったのだ。それはチームが向かうべき方向性についての意思統一にもつながった。

豊田総監督「いまのチームは勝つための役者はしっかり揃っている。あとは連携やシステムなどチームとしての精度と練度、そしてなにより気持ちの部分だと思っています。私はふだんからバレーというゲームは20点から25点にどう持っていくかがもっとも大事だと話しています。やはりまだ高校生ですから勝利が近くなると焦ったり逆に油断したりするもの。ところがこのチームは20点取ってからのミスがなく、そこからの5点がとにかく強かった。やっぱりそれはあの1年半前の春高での先輩の姿を見ている彼らならではの強さだと私は思いますね」

インターハイの決勝戦が行われた8月7日は、偶然にも豊田総監督の誕生日でもあった。ゲームの前に選手たちは「今日は豊田総監督の誕生日だから絶対に勝って優勝するぞ!」と密かに誓いを立てていた。そして見事に優勝を決めたあとにはサプライズとして保護者が用意していた花束が贈られ、胴上げと共に祝福を受けた。20年以上にわたって指導者として高校バレーに携わってきた豊田総監督にとっても誕生日にインターハイ優勝を勝ち取ったのは初めてのことだったという。あの苦難の日を乗り越えてきたチームと、それを支えてきた豊田総監督への神様からのプレゼントだったのかもしれない。

高校生アスリートに必要なのは、人間としての土台づくり。

東山高校バレー部はこれまでも、現在の監督でもある松永理生氏をはじめ、髙橋藍選手(日体大、イタリアセリエA パッラヴォーロ・パドヴァ所属)など数々のスタープレーヤーを輩出。今年のチームも麻野堅斗選手、尾藤大輝選手という日本代表メンバーにも選出される有力選手を擁している。このように、これまで多くのトップ選手を育成してきた豊田総監督。彼には高校生を指導するうえで大事にしていることがあるのだという。それが「人間力」だった。

豊田総監督「『人間力』というのは、まず人のために自分は何ができるか?ということ。社会に出て大事なことは、けっきょく人のためにどれだけのことができるかだと思うんです。私が指導しているのは15歳から18歳の高校生。いくら技術や戦術を植え付けたところで、それを受け取る側である彼らの人間としての土台がしっかりしていないと、大学、プロ、代表と上のカテゴリへ上がるにつれて通用しなくなっていくでしょう。挨拶にはじまる礼儀作法、責任感、協調性、自ら進んで人のために行動できる人間性。こうした人間としてのベースになる部分を東山での3年間を通して磨き、底上げしてやることが将来の彼らに必ず役立つと思うからです」

その具体的な例として、今年のチームのキャプテンを務めている池田幸紀選手の名をあげた。豊田氏曰く、池田選手はいまどき珍しいケレン味のまったくない、ハキハキと自分の意見をストレートに口にできるタイプで、自らの後ろ姿でみんなを引っ張っていくタイプのリーダーだという。中学ではリベロとしての実績を持って入学してきた彼だったが、1、2年生のときはポジション獲得に苦しみ、ピンチサーバーに回っていた時期もあった。しかし彼はそこで腐らずに自分の力で這い上がりリベロのレギュラーを勝ち取ると、いまでは絶対的リベロとして君臨している。

豊田総監督「高校カテゴリに限っていえば、私の考えるいい選手というのはまさに彼のような存在。技術はあとからでも伸ばすことができます。でも高校生の時期に身につけておかなければいけない人間としての強さというものがあると思っています。たとえ時代が変わったといえど、子どもたちは変わっていないと信じているし、われわれはバレーボール選手を育てる前に人間を育てているのだ、ということ。そのことだけは、いまも変わらず意識しています。なによりの自慢はうちの卒業生は大学へ行ってからも成長し続けている子が多いんです。それはやっぱり人間形成をしっかり積み重ねながらバレ―に取り組む経験をしてくれたからだと思います。実際、うちの選手はみんなバレーが大好きなまま卒業し、大学でもバレーを続けていますから」

三冠をめざすチームがたどり着いた、チームの強さの原点。

今後チームは三冠を目指していくことになる。それは豊田総監督、松永理生監督、選手たち誰もが共通して口にする、最大にして唯一の目標である。あたりまえのことだが、シーズン最初の大会であるインターハイを制した東山高校にしか、三冠を目指す資格はないのだ。10月に「国体」、そして来年1月には悔しい思いをした「春高」が待っている。これまで三冠を成し遂げた高校は、男子では4校(のべ5回)しかない。もちろんかんたんなことではない。そこで豊田総監督に、三冠を取るために必要なことはなにかと尋ねてみた。

豊田総監督「それはもう代々うちのスローガンでもある『信頼・団結・闘志』に尽きると思います。それが原点にして永遠の目標ですから。これが真の意味で達成できれば、三冠は達成できると信じています。強さの条件として、まずはチームを良くするために個々の選手がお互いに遠慮や忖度することなく言いたいことを言い合える集団であること。これには『信頼』がなければできません。次に、信頼によって引き出された個々人の能力をいかにひとつにまとめていくか。これが『団結』。そうして信頼と団結によってまとまったチームだからこそ持つことができる、相手に絶対負けないぞという強い気持ち。これが『闘志』です。けっきょく代が変わっても、京都大会だろうが全国大会だろうが、この原点が決してブレることはないし、一切変わることはありません」

豊田総監督のもと、受け継がれてきた伝統の東山バレー。そこにかつての教え子でもあった松永理生新監督の新しい風が吹き込まれ、高度で洗練された戦術が構築されたことが、インターハイにおける圧倒的な完全優勝につながったといっても過言ではないだろう。受け継がれた思いが、新体制のなかでどのような進化を遂げたのか。後編ではその秘密に迫っていく。