陸川章(監督) 松崎裕樹(4年) 黒川虎徹(3年) 金近廉(2年) ハーパー・ジョン・ローレンスJr(2年)
バスケットボール/東海大学男子バスケットボール部
それはまさに「華麗なる逆襲」だった。昨年のチームは4年生に大倉颯太、佐土原遼、八村阿蓮といったスター選手を数多く擁し、さらには2年生に河村勇輝という飛び抜けたタレントが名を連ねるまさにスター軍団と呼ぶにふさわしいチームだった。にもかかわらずインカレ決勝で白鴎大学に敗れ、優勝をあと一歩のところで逃したのだった。
迎えた今シーズン。主力でエースになるはずだった河村勇輝がプロ転向のためチームを離脱。春先からチームの状態が上がらず、関係者からの評価も決して高いとはいえなかった。
しかし夏以降、試合経験を積むなかでディフェンスの強度を高めると、並々ならぬ決意とチーム力で、なんと昨年のスター軍団でさえ成し遂げられなかったインカレ優勝を果たしたのだった。
前編では陸川監督にその偉業を成し遂げるに至った経緯やその理由などについて、秘められたエピソードとともに語ってもらった。
(シーガルスの過去の記事はこちらから)
苦しんだシーズン序盤。それでも選手のちからを信じていた。
2022年シーズンは東海大学シーガルスにとって苦難の船出となった。まずは直前の2021年12月のインカレ決勝で白鴎大学に敗れ、惜しくも優勝を逃したかたちで4年生がチームを去ると、王座奪還を合言葉に新チームで再起を図ろうとしたその矢先、2022年1月には来季のチームでエースとなるはずだった当時2年生の河村勇輝選手がBリーグの横浜ビー・コルセアーズへの入団を決意。春にはチームを離脱することとなってしまった。
その影響は顕著だった。3月の大会では1回戦で中央大学に敗退。その後のトーナメントでもベスト16での敗退と結果が出ない日々が続いた。さらに新年度に入って迎えた新人戦では河村勇輝選手にかわる今季のエースと見込んでいた2年生の金近廉選手がケガを負ってしまい離脱。チームに暗雲が立ち込めていた。
陸川監督「それでも私は彼らの力を信じていました。いまは結果が出ていないけれど、それは決して彼らに力がないわけではないということが私にはわかっていたからです。昨年のチームは主力が4年生と河村勇輝だったので、単純にいまの選手たちにはゲーム経験が足りないだけ。だから彼らにも『経験さえ積めばいずれ必ず良くなるから、全然落ち込む必要はないよ』という話をしました。実際、金近がケガで離脱したあとの新人戦では残ったメンバーが本当にみんな頑張ってくれて、小林巧はここで一皮むけてくれましたし、ジュニア(ハーパー選手)のアタックが磨かれてきたり、陽成(西田選手)がいいシュート決めたりと、2年生のがんばりが彼らに自信をもたらし、さらには応援で見にきていた上級生たちにも勇気を与え、闘争心に火をつけたようなところがありました。ピンチだからこそ持てるポテンシャルを100%出し切ろうと、いい意味で開き直ってくれた。目の前の勝ち負けではなくベストを尽くす戦いに集中できるようになった。あの2年生の新人戦での粘りと奮起が今シーズンの東海大学の戦いかたの原点になったような気がします」
復調の手応えを感じて迎えたWUBS(World University Basketball Series )。この大会はサン・クロレラ社がスポンサーとなって開かれたアジアのトップレベルの大学が集まって行われる国際大会。東海大学は台湾の国立政治大学戦で競り勝つと、続く強豪フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学戦でも実力差はあったものの、かなり粘り強く勝負できたということが選手たちにすごく自信になっていった。フィジカルの強度が強い海外選手や強い相手でも十分に渡り合い、いいゲームができる。大会や練習試合を重ねていくなかで、彼らはグングン成長を遂げていった。
そしていよいよ迎えたリーグ戦。陸川監督はリーグ戦ではトータル4敗までが優勝争いだと踏んでいた。ところが前半だけで早くも4敗してしまった。もう後がない。しかしリーグ戦の合間に行われた天皇杯で、またもやチームは再浮上のきっかけを掴むことになるのだった。
陸川監督「天皇杯ファーストラウンドで北海道に行って北海道代表のCamelliaや青森代表の八戸クラブ、そして山形代表の山形クベーラと対戦しました。外国人もいる強度の強いチームだったんですけど、いずれもしっかり勝ち切ることができました。第2ラウンドではアメリカ人の強力な選手を3人擁するB3のトライフープ岡山とのゲームでは最終的には3点差で負けてしまったんですが、残り約3分で7点リードというところまで追い詰めることができました。これで非常にいい手応えを持ってリーグ戦後半に臨むことができたわけです。そこから後半は14連勝。やっぱりこのチームには経験が必要だっただけなんだということをそこであらためて確信しました」
チーム状態が浮上し、徐々にペースを掴みはじめたなか、それでもキャプテンの松崎裕樹選手は、去年のインカレに負けたこと悔しさをまだ忘れてはいなかった。「インカレの悔しさはインカレでしか晴らせない」。それが松崎選手の思いだった。だからこそシーズン当初から、今年の目標はインカレ優勝だと、誰もがそう言い続けてきた。トーナメントでベスト16で負けようがリーグ戦で負けようが、すべてはただひとつの目標であるインカレ優勝に向けてのプロセスなんだと考えていたし、チームの全員がその想いを共有していたのだった。そうして冬を迎え、ついにインカレの舞台へとチームは歩みを進めていった。
1年越しで、チーム全員の悲願を叶えたインカレでの優勝。
大会に入ってからも今年のシーズンを象徴するかのように、楽なゲームはひとつもなかった。トーナメント初戦となった2回戦では神奈川大学に69-59で勝利すると、続く準々決勝では中央大学に70−65、準決勝となった日本大学戦は62-56といずれも接戦をモノにして勝ち上がってきたのだった。先制され、リードを許し、追いかける展開のなかで粘って粘って、最後の数分で逆転する。そうした粘り勝ちの試合が続いた。むしろそれが今年の東海大学の戦いかただといってもいいだろう。
中央大学との準々決勝ではハーパー選手が終了間際にスティール、角度のないところからのレイアップを決めた。試合後はマネージャーと一緒になって泣いていた。このゲームに強い思いを持って臨んでいたことが伺えた。また準決勝の日大戦では金近選手が思い切って3ポイントを決めた。昨年のリベンジに燃える4年生を「男にしたい」と下級生が躍動した。
そうしてついに迎えた決勝戦。相手は昨年の決勝で敗れた白鴎大学。この一年、この試合のために苦しい時期をチーム全員で乗り越えて戦ってきた。とりわけキャプテンの松崎裕樹選手と副キャプテンの島谷怜選手にはこの試合にかける特別な思いがあった。その思いが爆発したかのように、試合はスタートダッシュに成功した東海大学が今年としては珍しく終始リードする展開で進んでいく。それでも誰ひとり気を緩めるものはいなかったという。
陸川監督「このままでは終わらないだろうということはみんながわかっていました。実際に第4クォーターで一時逆点されましたからね。だから、あのときだって選手たちも私もまったく慌ててはいなかったですね。そもそも白鴎大学さんは地力がありますし、なによりリーグチャンピオンですから。ただ、われわれが第1クォーターで15点近くリードしたとき『これを逆点するためには、いかに白鴎大学さんとはいえ相当なエネルギーを使うことになるだろう』と見ていました。なぜなら私たちこそ、そういう厳しい接戦を戦って逆点で粘り勝ってきたチームだからです。必ず第4クォーターの最後にもうワンチャンス回ってくる。そういう予感は確実にありました」
実際にその予感は的中する。第4クォーターも残り8分に差しかったところでいちどは白鴎大学に逆点されるも、その2分後には島谷選手のゴールで再逆点し、そのまま守り切って優勝を勝ち取った。今シーズンの東海大学の戦いかたを象徴するような壮絶なゲームだった。大倉颯太、佐土原遼、八村阿蓮、河村勇輝といった錚々たるタレントが抜けたなか、そのビッグチームでさえ成し遂げられなかった夢を、まさにディフェンスの強度とチーム全員の強い決意によって「有言実行」したインカレ制覇だった。
チームの絆がもたらした、東海らしさに満ちた優勝劇。
今年の東海大学がどうしてもインカレ制覇、王者奪還にこだわった特別な思いには理由がある。じつは昨年のインカレが終わったあと、キャプテンの松崎選手と副キャプテンの島谷選手にはあるBリーグのチームから特別指定選手として登録したいという声がかかっていたのだった。しかし彼らはその申し出を断った。理由はもちろんインカレで優勝するため。もちろん同じ学年だった河村勇輝選手がプロへ転向したタイミングだったこともあり、ふたりには少なからず葛藤もあった。しかし決勝でスター軍団と言われた4年生のチームを勝たせられなかった。その悔しさが拭いきれなかった。このままチームを離れたら必ず後悔する。ふたりはそう感じていた。だからこそ、このインカレ優勝はふたりにとっても、チームにとっても特別なものだったのだ。
陸川監督「じつはインカレで負けた次の日にふたりのほうから『このまま特別指定でBリーグに行ったら今年のインカレでは絶対に勝てない。だから断ってほしい』と電話がかかってきたんです。『すぐにチームビルディングをしたい』と。これを聞いたとき、私はインカレでの敗戦のショックで元気がなかったんですけど、すごくうれしくて『よし一緒にがんばろう!』という気持ちになれたんです。彼らが私を前向きにしてくれたんです」
陸川監督はほかにも、寮長でありムードメーカーとしてみんなを支えた小玉大智選手、ケガをしながらも留学生として懸命に体張って守ってくれた張正亮選手、ふだんのプレイタイムは少ないものの松崎キャプテンがケガをした際に代わって出場して活躍した元澤誠選手らの名前を挙げ、彼ら以外にもとにかく今年は4年生がことあるごとにチームを救ってくれたことに心から感謝し、この先の成功を祈っていると話してくれた。
そうしてすでに、次のチームが動き始めている。例年、東海大学では次のキャプテンを誰にするか?チームの目標はなににするか?といったことは選手自身が決めることが伝統になっていて、陸川監督は選手自らが立てた目標を達成するためのサポートやアドバイス、手助けをする役割に徹しているというのだ。自主自立と有言実行。それこそが東海大学の強みでもあるのだろう。
その新チームのキャプテンには黒川虎徹選手が選ばれた。彼はインカレ前に「4年生を男にしよう」と3年生以下だけでのミーティングを主導してチームを鼓舞した「陰の功労者」でもあった。そしてその彼曰く、今年の目標もやはり去年同様「インカレ優勝」なのだという。春先は下馬評も低く、実際に周囲の予想通り結果の出ない苦しい時期が続いたなか、自分たちを信じ、固い結束とチーム力でインカレ優勝を成し遂げた今年の4年生の姿を見て、一緒にその偉業を経験してきた選手たち。だからこそ、彼らが口にする「連覇」という目標は決して夢物語ではないと思わせる。おそらくは次のインカレでも、彼らの「有言実行」が見られることだろう。