プロアイスホッケープレーヤー
佐藤優
佐藤優選手がまだ19歳の時だった前回のインタビューから3年の時を経て、ふたたびロシアのプロホッケーリーグKHLに活躍の舞台を移した佐藤優選手。北米NHLに次ぐハイレベルなプロホッケーリーグロシアKHLでプレーする初の日本人プレーヤーとなった彼は、1年目のシーズンも順調に活躍を続け、さらなる飛躍が期待されていた。しかし今シーズン開幕時、チームからはいわゆる2部リーグにあたるVHLリーグでのスタートを命じられる。しかしそれでも、焦ることなく冷静に現状を分析し、ポジティブに前を向きながら闘い続ける佐藤優選手の姿があった。
後編では、ケガなどの不運も重なり、苦しい時期の多かった今シーズンを振り返ってもらった。そして、あくまでNHLという最終目標を見据えている佐藤優選手が描く「未来図」について、どこまでも率直でまっすぐな彼の言葉を通じて明らかにしていく。
VHLで迎えた2年目の開幕。しかし、焦りはまったくなかった。
KHLデビューとなった昨シーズンは41試合に出場し、10得点(ゴール5点、アシスト5点)の活躍を見せ、本人もファーストシーズンとしては納得できる内容だったという。ロシアのトップリーグでも、じゅうぶんにやれる。彼はその手にしっかりと手応えも感じていた。しかし2年目を迎えた今シーズンの開幕時、まさかの事態に直面する。VHL降格。これには本人も驚いたという。昨シーズンの実績から見てもKHLでのスタートを予想していたからだ。それでも彼はあくまでポジティブだった。冷静に自己を分析し、監督ともその原因や課題について話し合った。
佐藤「監督と話してわかったことは、プレーの出来に波があるということ。そこを指摘されました。試合ごとにプレーの質に波があると監督としては使いづらいとハッキリ言われました。もちろんそこには経験不足もあったと自分では分析しています。やはりプロになると、長いシーズンを通してつねにベストパフォーマンスでプレーすることを求められます。そこのクオリティの部分で他の選手との差がまだあると言われました。そのことについては自分でも納得しています。だからすぐに切り替えて、2部のVHLのチームでパフォーマンスの質の維持という課題も含めて、試合で結果を出すことにフォーカスしました」
日本でよくいわれるアメリカMLBのメジャーとマイナーのように、KHLとVHLでも環境や待遇に大きな差がある。試合会場となるアイスアリーナや練習施設も古く、トレーニング器具ひとつとってもKHLには最新のものが用意されているがVHLでは旧式のものを使うことになる。食事面でもKHLでは一日3食チームが栄養管理も考慮した食事を用意してくれるが、VHLになると練習後の昼食以外は自炊になる。また全編でも紹介したように、広大なロシアの遠征についてもKHLのチームだとチャーター機が用意されるが、VHLでは一般のお客さんと一緒に移動することとなる。
佐藤「KHLのチームの監督がたまたますごくストイックな人で、食事に関してもすごく厳しい人だったんです。だからその時に自分できちんとカロリー計算しながら食事する習慣が身について居たので、VHLで自炊しなきゃいけないときも自分で栄養には気をつけて食事することは苦にならなかったですね。でもそれもすべてはいい経験だったと思っています。VHLに落とされたことで食事面だったりプレー面だったり、自分の立ち位置や課題を再確認できたからです。その反面、自分はここにいてはいけないという思い、KHLに上がりたいというモチベーションをより強く維持することができました」
正直なところ、それなりに年齢を重ねた中堅選手で、なおかつあまりトップリーグでのプレー経験もない選手のなかには、ムリしてKHLに上がろうというモチベーションもなく、好きなアイスホッケーでそこそこ稼げて生活できるのならVHLのままもでいいや、という選手もいるのだという。だからこそ彼はそうした環境に染まりすぎないよう、KHL昇格とその先にあるNHLでのプレーという自分の目標に向かって、目の前の試合とトレーニングに集中するようにしていた。
戦う舞台も自身のメンタルも、アップダウンの激しかった今シーズン。
そんな彼にシーズン途中、グッドニュースがもたらされる。KHLにコールアップされたのだ。待ちに待った今シーズン初のKHLでのプレー。コンディションも良く、彼は意気揚々とKHLの舞台へ帰ってきた。もちろん監督に指摘された課題であった「プレーの波」についても頭に叩き込んであった。同じ理由で落とされるわけにはいかない。
ところが彼を思いもよらない悲劇が襲う。5試合目でケガに見舞われてしてしまったのだった。相手のシュートをブロックした際に、たまたまガードがない部分にパックが直撃した。幸い状態は深刻なものではなかったが、チームからは離脱。およそ1ヶ月におよぶリハビリを余儀なくされてしまった。
佐藤「監督からはケガはつきものだし、こういうのは運だからしょうがないよねと言われました。せっかくKHLにあげてもらってコンディションも良かっただけに、ぼく自身もったいなかったなとは思いますね。でも自分のケアが足りてなかったんだと、いまは反省しています。ケガから1ヶ月ほどはホッケーができなくて、ようやく復帰して状態を戻してきたというころには、時すでに遅し、でした。それでまたVHLに落とされて、けっきょくシーズン終了までVHLでプレーしました」
しかし彼に焦りはなかった。悔しさはもちろんある。しかし、どんな天才プレーヤであっても、過去を変えることなど誰にもできない。であれば、いま自分のできることに集中しよう。佐藤優選手はすぐに前を向き、ふたたびKHLに戻るには何をすればいいのか?という課題に向き合っていた。メンタルコーチにもついてもらい、長期的なビジョンをもって進んでいくことをアドバイスされたことで、気持ちが楽になったとも話していた。まずはKHLへの復帰。それだけをモチベーションに、毎日のトレーニングに励んだ。
これまで歩んできた自分への評価と、これから進むべき道への思い。
それでも、ここ2シーズンをロシアKHLでプレーしてきた佐藤優選手は、彼なりに手応えを感じていた。まずはなんといっても10代の頃からフィンランド、カナダ、アメリカと多彩な国でプレーしてきた経験があったからこそ、さまざまなプレースタイルに対応できるという強みがある。またスピードに関してはいまでもじゅうぶん通用しているという自信を持っている。もともとスピードについては子どものころから武器にして戦ってきたこともあり、ロシアや北米の選手をはじめ海外の選手にも負けていないと常々感じていた。また視野の広さも、佐藤優選手の強みである。彼はその視野の広さを活かしてプレーメイキングや状況判断の的確さと速さ、そこからスピードを生かした素早いプレーを持ち前にロシアや北米の大柄な選手たちと対等に渡り合ってきたという自負もあった。
佐藤「ぼくのように身体が小さくてスピードの速い選手にとってはスペースがあるぶん広いリンクのほうがやりやすいんですよ。やっぱり狭いとどうしても当たりが多くなるので身体がデカくて強い選手のほうが有利にはなりますから。最近はロシアもかつてのヨーロッパタイプの広いリンクから、北米型の狭いリンクが主流になりつつあります。でも狭いからといって一概に不利だともいえなくて、たとえば手足の長い選手は接近戦が苦手だったりもするので、そこで身体が小さいぶんスピードとかクイックネスで潜り抜けたりして行けたりもしますから、そこはじゅうぶん補えていると思います」
もちろん課題もある。先述したプレーの波ももちろんだが、現在の喫緊の課題として彼は決定力を挙げた。アイスホッケーの試合時間は1ピリオド20分で3ピリオドあり、合計60分となっているが、ひとりの選手が打つシュート数はだいたい5,6本程度。少なければ0ということだってありうるのだ。だからこそトップ選手にもなれば決めなきゃいけないここぞという場面で、得点を取り切る力が圧倒的に違うと佐藤優選手は語る。そしてそうしたトップ選手と自身とのあいだにある格差の最大の理由は、技術でも体力でもなくメンタルだと彼は分析していた。
佐藤「たとえばトップ選手やレギュラーに定着している選手たちは、試合で多少ミスをしても許されます。しかしぼくのようなトップリーグと2部の当落選上にいる若手選手は、たった1つのミスで下に落とされる可能性があります。だからつい慎重になりすぎてプレーが消極的になったり、考えすぎて調子を落としてしまったりすることがよくありますし、逆にそれで評価が下がって落とされるという悪循環に陥ってしまうこともあります。だから、あまり考えすぎずにメンタルを自分でコントロールしながらやっていかないと一流の選手にはなれません。とくに自分は落ち込んじゃうタイプなので、そこはすぐに切り替えて同じミスを繰り返さないようにすることが大切かなと感じています。そういう意味では昨シーズンの苦しい経験は、今後の糧になるといまはポジティブに捉えています」
ロシアリーグは9月から新シーズンがスタートする。現在、佐藤選手の所属チームはまだ決まっておらず、KHLでのプレーが見られるのか、はたまたVHLでのスタートになるのかも未定だが、それでも彼は3年目を迎えるロシアでのプロホッケープレーヤーとしてのシーズンをさらなる飛躍の年にすべく、着々と準備を進めている。戦争の影響もあり日本をはじめとした西側メディアでの取材や露出も少なくはなっているが、それでも彼は自身のSNSなどを通じて、日本で応援してくれているファンに向けてダイレクトに情報を届けていきたいと、その複雑な胸の内を語ってくれた。KHL初の日本人プレーヤーとなった彼の次なる目標は、日本人初のNHLプレーヤーとなること。KHLはあくまで夢への通過点に過ぎないが、それでも今年のシーズンは重要な意味合いを持つ、大事な大事なターニングポイントとなるだろう。日本のアイスホッケー史に重要な1ページを刻むこととなるかもしれない今シーズンの彼のプレーに、ぜひ多くの人に注目してもらいたい。