京都橘高校吹奏楽部
2023年にはニューズウィークの「尊敬される日本人100人」にも選ばれ、また当時、台湾の総統だった蔡英文氏からも直接ビデオレターが届くなど、世界的なムーブメントを巻き起こしてきた京都橘高校吹奏楽部。しかも今年は京都橘高校吹奏楽部が「オレンジの悪魔」の異名で注目を集めるきっかけとなったローズパレードへの7年ぶりの出演も決まり、期待がかかっていた。
そうした期待に応えるため、昨年も話を伺った部長でアルトサックス担当の熊谷さん、ドラムメジャーの鎌田さんはじめ、副部長でアルトサックス担当の藤原さん、同じく副部長でユーフォニアム担当の高濱さん、そして来年度の新部長でクラリネットと打楽器を担当する大山さんらを中心に、さまざまな改革に取り組み、今年はこれまで以上に新しいチャレンジをおこなってきたという。
前編では、彼女たちがどんな思いをもって練習に臨み、どのような改革やチャレンジに取り組んできたのかを中心に取り上げ、彼女たち自身の言葉で語ってもらった。
すべては心を輝かせる演奏のため、チャレンジづくめの一年だった。
昨年、節目の120期を迎え、今年度は新たな気持ちで臨むシーズンだった。昨年勝ち取った京都橘高校史上初となる全日本マーチングコンテスト3年連続金賞受賞を、今年は4年連続へと更新することが求められていたし、なによりアメリカ・ロサンゼルスで開催されるローズパレードに7年ぶりに参加することも決まっており、周囲の期待はもちろん、本人たちのモチベーションも例年以上に高まっていた年度だった。
昂る感情と、秘めたる決意。新年度を迎え、新チームとして新たなフィールドに船出したばかりの春、そうした強い思いを込めて、京都橘吹奏楽部121期のテーマとして掲げたのが、“Sparkle The Hearts”だった。演奏する自分たちのみならず、指導してくれている先生やスタッフ、保護者、そしてファンのみなさんをはじめ大会やインターネットを通じて演奏を聴いてくれる世界中のすべての人たちの「心を輝かせる演奏がしたい」。ここから、来たるべき秋と冬のクライマックスに向けた、彼女たちのチャレンジがスタートしていった。
熊谷さん「今年はとにかく新たな挑戦をできた年。たとえば練習時にハチマキを巻いたり、みんなの気持ちをひとつにするため自らの目標を大声で叫んでみたり、そうした精神面での取り組みやチームが団結してひとつになれるような工夫を、毎日の練習のなかで自然に取り入れることができたことで、チームがまとまったと思います」
藤原さん「あと学年が変わったタイミングで、係の編成を大きく刷新しました。たとえば保健係と美化係を保健衛生係にするなど役割が重複している係を統合し、逆に新しい係を作ったりして、毎日の活動が円滑に進むための工夫を自分たち自身で考えて取り組んできました。それがうまくいったと思っています。自分たちで考えて。挑戦する気持ちが大事なのだなと、あらためて感じました」
高濱さん「新しいことにチャレンジするのってすごく勇気がいるし、いままでと違うことをやって失敗したらどうしよう?と不安になってしまうところもあるけど、今年のチームはそれを積極的にチャレンジして、部活をより良くしようという気持ちが強かった。ガッツがある年だったとわたしは思います」
大山さん「わたしは2年生で、新しいチャレンジをどんどん積極的に進めていく先輩の姿に勇気をもらっていました。声を出すことやハチマキをすることでコミュニケーションがより密になった気がするし、自分たち下級生にもどんどんチャンレンジしていいんだという積極性が浸透したように感じています」
鎌田さん「今年のチームはひとりひとりがキラキラと輝いていました。だから、お客さんの心をも輝かせて、感動させる演奏を心がけてきました。そんな思いがテーマにも反映されていますし、そのテーマを実現できるよう、自分たちも精一杯輝いた演奏をしようと決意を持ってすべての演奏に臨んでいました」
個人の成長が、チームの躍進を牽引する、理想的なマネジメント体制。
演奏にかかわるすべての人の心を輝かせるために、はたしてなにが必要なのか?彼女たち自身が考え抜いてたどり着いた結論は、練習環境や意識を変えることだった。そのためにさまざまな改革に着手し、しかもそれらはすべて、自分たちのなかから自然発生的かつ自主的に生まれてきたものだったという。それは決してこれまでの環境が良くなかったというわけではない。逆にいえばこれまで以上の結果を得るためには、とにかく気がついたものをなんでもいいから変えてみないといけないという危機感の表れだったのだろう。そうした意識が積極性やチャレンジ精神へと繋がっていったのだという。
熊谷さん「もともと3年生全員がとくに仲が良かったこともあって、互いに切磋琢磨する気持ちは持ちつつ、相手に寄り添い、互いに思いやる場面が多かったように感じていて、その結果、今年は例年以上にチームがひとつになれていた気がしています。とくにコンクールシーズンはこれまで関西大会に出場できない年が多かったので、なにかを変えなければいけないという思いが強かった。だからそれもみんなで『どう変えたらいいのか?』考え抜いて、いろんな試行錯誤をしました。ハチマキや声出しもその一環でした」
鎌田さん「もちろん大会前はピリピリすることもありました。でも部長を中心にチームをまとめることができたことは自信につながっています。練習がうまく進まないときも、どうやって進めていくべきか?効率化するにはどうしたらいいか?厳しさや強さだけではなく、優しさや楽しさで乗り越えようというチームだったし、わたし自身もいろんなことを考え、学びの多い一年でした」
藤原さん「1、2年生のときは自分のことを考えるので精一杯でした。でも副部長になってからは周りを見なきゃいけなくなったことで、チーム全体がどういう動きをしているか?いまなにが欠けていてなにが必要なのか?ということに目を向けられるようになりました。もちろん最初は大変でした。でもそうやって全体を見るようになったことで、むしろ自分自身がどう動くべきかが、自分のことしか考えていなかった時よりよく見えるようになった気がするんです。自分に余裕ができた。これまで先輩に言われてようやく気づいていたことも自分自身で気づいて行動できるようになりました。また人前で話す立場になったことで、どういう話し方をしたら伝わりやすいか?納得できるか?を考えて話せるようになって、以前より人とのコミュニケーションがスムーズにできるようになったと思います」
高濱さん「わたしは自分の行動や言動に責任を持てるようになったことがいちばん大きな変化だと思います。1、2年生の頃は先輩や先生が決めたことをただやっていればよかったし、失敗しても自分に責任が回ってくることはありませんでした。でも3年生になって副部長になって、どうしても責任がついてくる。自分の言葉や行動に責任を持って動かないと、まわりの友だちや後輩たちに信頼してもらえません。その点が成長できたかなと思っています」
大山さん「わたしは座奏ではコントラバス、マーチングではクラリネットを担当しているのですが、ふたつで異なる楽器をやっている人はあまりいないので、とにかく自分でやらなきゃいけないという思いが強すぎて、人に頼れないところがありました。しかも2年生になったとき、座奏ではコントラバスをやっている3年生の方がいなくて、自分がパートリーダーを担うことになり、あれこれ考えすぎてパンクしてしまったんです。そのときに同級生が相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたりして『自分は決してひとりじゃない。いろんな人がいることが部活のいいところなんだ』ということを学ぶ機会になりました」
鎌田さん「わたしは声も小さくて積極性もなくて、これまで人前に立ってチームをまとめたり、リーダーとして誰かに指示をしたりということをいちどもやったことがなかったんです。だから昨年に自分がドラムメジャーに選ばれたときも、ほんとうに自分でいいのかなという不安がありました。ましてや今年はローズパレードもある年でしたから。でも1年間この役目をまっとうしてみて思うのは、マーチングのリーダーとして効率よく練習を進める方法を、他の幹部や構成係の仲間たち、コーチの方とも相談して一緒に考えるという経験を通じて、自信を持って物事に取り組む姿勢、とくに自主性や積極性の部分がとても成長できたのではないかなと思って、みんなに感謝しています」
熊谷さん「わたしは鎌田とは逆で、これまではどうしても自分が自分がとなってしまうところがありました。でもやはり3年生になり、しかも部長という大役を任されたことで、自分の思いだけではなくすこし引いた視点でクラブ全体を見る必要が出てきました。たとえば自分が落ち込んでしまったら、下級生含めて吹奏楽部のみんなもその雰囲気に引っ張られてしまう。だからクラブの部長という立場で客観的に自分がどうあるべきか?というふうに考えられるようになった。いい意味で人からどう見られているか?ということを考えられるようになったことが成長した点だと思います」
チャレンジと個の成長で手にしたオールAでの金賞という快挙。
「心輝く演奏」をチームのテーマに掲げ、個々の輝きに磨きをかけることや、これまでチャレンジしてこなかった新たな取り組みにも積極的かつ果敢に挑戦してきた121期のメンバー。その成果は、夏を過ぎた頃に小さな花を少しずつ咲かせ始め、やがて秋のマーチングコンテストで大きく実を結ぶこととなる。数々の輝かしい歴史を誇る京都橘高校吹奏楽部史上初、歴代の先輩たちでさえも成し遂げることができなかった審査員7人全員がA評価を与える「オールAでの金賞受賞」だった。
熊谷さん「報われた。ただただ、その思いでした。しばらくその場でいろんな感情を噛み締めていました。正直なところ本番が終わったときは、まさか本当にオールAをいただけるとは思っていなかったんです。だから大会が終わって金賞を獲得して、会場の外でみんなで最後のミーティングをしているときに、島コーチから『オールAでの金賞だったよ!』という知らせをいただいたときは、すぐに実感がわかなくて『本当に?』と思っていました。でも部長として、1年間大変なことがいろいろあって、それをやり遂げることができた。だから、これでやっと自分たちがやってきたことが報われたという気持ちでいっぱいでした」
鎌田さん「わたしだけではなく、すべての3年生にとって最後のマーチングコンテスト。全国金賞はもちろん、オールAでの金賞を目標に取り組んできました。だから、オールAでの金賞という知らせをいただいた瞬間、わたしは腰が抜けそうになったんです(笑)。たった6分間の演技のために、振り付けを考え抜き、たくさんのコンテを描き続け、さまざまな試行錯誤をしながらみんなで作り上げた作品。ドラムメジャーとしての立場であの舞台に立っていたからこそ、これまでとは違う楽しさや喜びもあってとてもしあわせな時間でした。そのあとは、うれしくてずっと飛び跳ねていました(笑)」
藤原さん「わたしが印象に残っているのは、京都府予選のときから曲そのものは同じだったのですが、自分たちで話し合って吹きかたを少しずつ変えていったこと。やはり今年は自分たち自身でいろいろ試行錯誤をしながらひとつの曲を作り上げ、自分たちの演奏を完成させることができたことで大きな自信につながりました。ドラムメジャーの鎌田を中心に、構成係が夜遅くまでどうやったら良くなるかを考えてコンテを描いてくれているのを間近で見ていたし、自分の中でもどうしたら良くなるかを考えながらやってきました。ほかにも新しいことにチャレンジをしていくなかで、やはり不安もありました。でも最後にオールAでの金賞という目標を達成できたので、いままでやってきたことが間違ってなかったという喜びが込み上げてきました」
高濱さん「わたしのなかでは、マーチングコンテスト全国4年連続金賞を獲らなければというプレッシャーがあったので、金賞だとわかった時点で、重圧から解放されてすごくホッとしていたんです。だからオールAと聞いた瞬間はよくわかっていなくてまるで夢のなかにいるようなふわふわした気分でした。偉大な先輩たちがまだ辿り着けていない次なるステージの景色を、ぜひともわたしたちが見たいという目標を掲げて、毎日たくさんの練習をしてきた結果として、それを実現できたことがなにより幸せでした」
大山さん「じつは大会直前、わたしは後輩としてご迷惑をおかけしてしまっていたので、演奏を終えて客席で『全国4年連続金賞獲得』が決まった瞬間はホッとして思わず泣いてしまいました。そのあと全員で会場の外でオールAという結果を聞き、先輩たちが抱き合って喜んでいるその姿を見て、自分もこのすごいチームの一員で、代え難い貴重な景色を見させてもらっているんだなあという実感が、ゆっくりと湧いてきたことを覚えています。そして来年は自分がこの景色を生み出し、仲間や後輩たちに見せる側になるんだという決意と闘志が湧いてきました」
全国金賞獲得を4年連続に伸ばすだけではなく、自分たちの年代ならではの結果を求め、勇気を持ってこれまでとは異なる新しい取り組みにチャレンジしてきた。そして見事に京都橘高校史上初のオールAでの金賞という成果を生み出すことに成功した121期。歓喜と興奮が冷めやらぬうちに、彼女たちには早くも次なる大きな目標である、ローズパレードへの出演が迫っていた。